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外に出る頃には、もう日が傾いていた。茜色のインクをこぼしたような空が広がっている。 鮮やかだな、とエルンストは心の中でつぶやき、目をすがめた。 するとその視界に、寮へ戻る途中であろう、満面笑顔のレイチェルが入ってきた。 「あれ、エルンスト。今日はよく会うネ」 エルンストの言葉に、心なしか彼女は頬を染めた。 「うん。ちょっとネ。えへへ……」 こんなに嬉しそうな彼女を見るのは初めてかもしれなかった。 「あ、エルンスト。もしかしてロザリア様のところへ行って来たの?」 彼の心中をまるで読んだかのようなタイミングで、彼女は聞いてきた。 「ええ、そうですよ。よくご存知ですね」 平静さを装い、少し感心したように彼が答えると、レイチェルは得意そうに腰に手を当ててこう言った。 「だって、アナタからロザリア様の香水の香りがするもの。ワタシ、五感も鋭いんだよ」 その言葉は、エルンストにしてみれば、起爆装置そのものだった。 ――――――あの人に、恋をしている・・・と。 「…スト?……エルンストってば…!」 どうやら、ぼーっとしてしまったらしい。 「大丈夫? 疲れてるんだね。少し休んだほうがいいよ。どうせ、また寝不足なんでしょ?」 年下の彼女はまるで姉のように、エルンストを諭した。 「ちょっと、何笑ってんの」 ぐいぐいと背中を押されてしまっては、これ以上会話などできそうにない。 「わかりました。それでは、このまま失礼します。御送りできなくてすみません」 そういって、レイチェルは軽やかな足取りで寮へと帰っていった。 「すみませんが…」 彼の緑色の髪を揺らしながら、商人は両手を揉んで笑顔で応対する。 「いえ、今日ではなく…明日の予約をお願いしたのですが」 さすがに、これには商人も驚きを隠せないようだった。 「薔薇の花束…やな? 何色がええ?」 商人は伝票と思われるメモ帳に、達者な字で注文を書き付けた。 「了解っと。ほんなら朝摘みの一番キレイな薔薇の花束を用意させていただきます♪ まかしといてや」 お願いします、と一言残して去って行くエルンストを見ながら、商人は嬉しそうに呟いた。 「あの兄ちゃんも、いよいよ春がきたんやなぁ…。よっしゃ、いっちょ一肌ぬいだろっ」 *********** 一方。エルンストが退室してすぐに、ロザリアは彼の報告を女王に伝えるべく、女王の執務室へと参上していた。 「…ということらしいですわ」 金の豊かな髪から覗く瞳は、まだ愛らしい。 女王に就任してからの彼女は、その気性は変わらないものの、自然と威厳と風格を身につけ、今では立派な女王となっている。 「でも、いったいあの子の躊躇する理由とは何なんでしょうか…」 答えなど期待せずに呟いたつもりが、意外にも女王はあっさりと返した。 「決まってるじゃない。好きな人が出来たのよ」 その自信満々なもの言いに、ロザリアはびっくりした顔をする。 「そんな…。どうして陛下はご存知ですの?」 さらに予想もしなかったレイチェルの恋まで聞かされて、ロザリアは呆れるしかない。 「わたくし、全然気づきませんでしたわ…」 互いの名を呼んで、2人は可笑しそうに笑った。 (これじゃエルンストも苦労するわね…) 何もかもを知っている女王陛下は、彼に同情を禁じえないのであった。 |
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