-5-

  「もう…限界なはずだ」

 エルンストは立ち上がるとデスクに散らばった資料をかき集め、迷わずに女王補佐官の執務室へと向かった。

「アルフォンシアについてお話したいことがあります。少しお時間をいただけるでしょうか」

 女王とお茶を飲んでいたロザリアを呼び出し、彼は仮説を提案した。

「アルフォンシアの不安定さは詐病であると思われます。意図的に望みを変えていたのです」
「それは・・・つまりどういうことですの?」

 彼のただならぬ様子にロザリアにも緊張が走る。

「確かなことは不明ですが、データを見る限りアルフォンシアとアンジェリークの信頼度は200と最高値です。恐らく何らかの理由があってのことでしょう。
そう…多分アルフォンシアはアンジェリークのために自己の意思で臨界を操作していたのです。自然に逆らって。ですが…」

 そこまで言うと、エルンストは左手で眼鏡を押し上げた。

「それも、もう限界のはずです。すでにアルフォンシアには相当な負担がかかっていると思われます。そう長くは持たないでしょう」
「そうなると、どうなりますの?」

 不安そうに瞳を曇らせてロザリアが訊く。

「…最悪の場合、アルフォンシアの消滅」
「…なんてこと…っ」

 愕然とロザリアが呟いた。
 大きな瞳がさらに大きく見開かれエルンストを射抜く。顔色が失せていた。
 宇宙が望み、それに応える実力をもつ少女が愛した聖獣が消える。
 しかも自分の意志で…?

 前代未聞の事態に、ロザリアは明らかに動揺した。
 何より栗色の髪を持つ少女が悲しむだろうという事がひどく胸を痛める。
 あのヒスイ色の瞳が涙でいっぱいになるのが とても哀しかった。

「どうすれば良いのか、ご存知ですの?」

 一縷の望みをかけて聡明な彼に尋ねる。

「アルフォンシアを説得し、この緩慢な自殺行為を止めさせれば収まるはずです。多少の反動はやむを得ないでしょう。今まで我慢をしていた分、
望みは膨れ上がり、その日のうちに残りの惑星が創造されて試験が終わります。…新女王の誕生でアルフォンシアは救えるはずです」

 それを聞いてロザリアは、ほっとと息を吐いた。

「ではアンジェリークに説得してもらえばよいのですわね」

 唇に笑みが戻る。
 けれどエルンストは懸念していることを告げなければならなかった。

「ですがアルフォンシアの行動がアンジェリークのためであるのなら、彼女自身にも女王即位に対する抵抗があると考えるのが自然です。
彼女の気がかりを、まず取り除く必要があると思います」

 だが彼にはアンジェリークの気がかりが何なのか検討もついていなかった。
 そのため直接彼女に訊かなければならないが、自分はそれに適役ではない。

「そう。それなら私の方から話を聞いてみましょう」

 だから彼女の申出はエルンストにとってありがたかった。

「ありがとうございます。助かります」

 レンズの向こう側の瞳が少し穏やかになって、ロザリアもにっこりと微笑んだ。
 その微笑にエルンストの張り詰めた気持ちがほぐれていく。

 薔薇のような方だ、とエルンストは頭の片隅で思う。
 鮮やかな色彩は美しく、自分を覚醒してくれる。
 極上の芳香はとろける蜜のようで、その魅力に夢心地になる。

「では私はこれで。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」
「あ、エルンスト待って頂戴」
「は?」

 彼を引きとめたロザリアは部屋の奥へ行ったかと思うと、すぐに戻ってきて彼に手渡した。

「この間忘れていかれましたわよ? 大事なものなのでしょう?」

 それは先日のペンであった。

「ああ…こちらだったのですか。ありがとうございます。どこになくしてきたのかと探していたので」
「ふふ」
「? …何か?」

 彼女の笑顔にドキドキしながら、エルンストは不思議そうに訊いた。

「ごめんなさい。 ただ貴方が見た目よりおっちょこちょいなのが可笑しくて」

 我慢できない、といった仕草でロザリアは笑いつづける。

「おっちょこちょい、ですか……そうかもしれませんね。昨日の私はどうかしていたらしい…」

 と言って苦笑した彼の顔が優しくて、ロザリアはこの青年に好感を持った。
 最初に出会ったときは、真面目に手足がついているような人物で、付き合いづらいという印象を抱いた。
 だが、こうして話す回数が増えるにつれ、眼鏡の奥には優しい瞳があることに気がついた。
 常に相手を気遣い、優しい気性であることも、同僚から慕われ尊敬されていることも知った。
 ただ少し、人付き合いが得意ではない、ということも。

「もう調子はよろしいんですの?」
「ええ、昨日よりはずっと。もう問題ありません」
「良かったですわね」

 彼の不調の原因は無邪気に、あでやかに笑った。
 今日の仮説だって、エルンストが眠れぬ夜を徹して思い至ったものとは知らない。

「ありがとうございます。では失礼します」
「ご苦労さま」

 補佐官の執務室のドアを静かに閉めると、彼は大きく息を吐いたのだった。

NEXT
BACK>
TOP>>

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送