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   朝早くから、商人は目まぐるしく動いていた。
 真っ赤な薔薇も、上等なものを自分の目で選び、ラッピングもリボンの向きにまでこだわる熱心さだ。

「…よっしゃ! うんうん。我ながら惚れ惚れする仕事ぶりやわ」

 そして上機嫌に頷いた後、満足そうにニッコリと笑った。

「これなら あの兄ちゃんも喜ぶでぇ!」

 今日一日が素敵なものとなるように。
 商人はいつもより少しだけ神妙に願うのだった。

*******

「アンジェリークさん、補佐官さまがお呼びです。執務室にいらっしゃるようにと」
「あ、はい。分かりました。ありがとうございます」

 朝の食事が終り、紅茶を飲んでいると、世話係の一人がそう伝えに来た。
 瞬間、緊張が走って彼女はあわてて返事を返す。
 仕方のないことだった。
 叱られて当然だと思った。

(だって、20日も育成が止まったままだもの・・・)

 暗い気持ちで、アンジェリークはロザリアの執務室のドアをノックした。

「いらっしゃい、アンジェリーク。待ってましたよ」

 待ち受けていたのは、穏やかに微笑したロザリアであった。
 アンジェリークの暗い顔は晴れないけれど、少しだけ緊張が和らぐ。

「お待たせしてすみません」
「いいのですよ。さ、座って楽にしてちょうだい」

 そうして淡いブルーのテーブルクロスの上に紅茶のカップが置かれるや否や、ロザリアは本題に入った。

「今日来てもらったのは、アルフォンシアのことです…。だいたい察しはついてると思うけど…」
「…はい」

 膝の上で拳をきゅっと握る。
 震えを押さえるように。

「アルフォンシアは貴方のために無理をして望みを控えているわ。けれどこれはアルフォンシアの体に相当な負担がかかるもので、
このままだとアルフォンシアは消えてしまうかもしれないの。」
「え…っ!?」

 初めて聞かされる真実にアンジェリークはその瞳を見開いた。
 その様子に、ロザリアが軽いため息を吐く。

「やっぱり気づいてなかったのね。…アンジェリーク、単刀直入に言うわ。アルフォンシアを説得してちょうだい。このままいけば貴方が
女王になるでしょう。…貴方に心残りがあるというのなら、じっとしていないで行動を起こすべきよ。貴方のために自分を犠牲にまで
しようとしているアルフォンシアのためにも。………できるわよね?」

 それはロザリアなりの激励の言葉だった。
 おっとりとしたこの少女が、ほのかに抱いた恋心を打ち明けることも出来ずに切ない思いをしているのは容易に想像できる。
 その感情をどう扱うかは彼女の自由であることも、ロザリアには分かっている。

 だが、今は時間がないのだ。

 このままでは健気なアルフォンシアは消滅してしまう。
 それを救おうとすれば、今度はアンジェリークの気持ちが誰にも告げられぬまま封じ込まれてしまう。
 女王就任をレイチェルに譲ろうにも、彼女にも心に決めた相手がいるらしい。しかも、両想い。
 どれを選んでも誰かが犠牲になる状況だった。

(だから、せめて貴方の気持ちを伝えてちょうだい)

 女王になる前に、ただ一人の女性としての気持ちを伝えて欲しい。
 自分の心の中で終る恋にならないように。

「わかりました、ロザリア様。私、アルフォンシアと話してみます」
「そう。…お願いしますね、アンジェリーク。……私たちは何も出来ないけれど…いつも貴方達のことを見守っていますよ」

 アンジェリークは真っ直ぐにロザリアの眼を見て言った。
 決心してくれたのだろう。
 未来の女王は、少し内気だけれど、決して弱い心の持ち主ではない。

(がんばってね、アンジェリーク)

 そう心の中で呟きながら、恋に生きられない女王の立場を複雑に思うのだった。

***********

 ロザリアの執務室を出ると、アンジェリークは一目散に王立研究院へ走っていった。
 髪が振り乱れるのも構わずに、泣き出してしまいそうな気持ちを押さえて、ただひたすら走る。
 アルフォンシアの無理に気づかなかった自分が情けなかった。
 大事な友人を失ってしまうことが怖かった。
 アルフォンシアの気遣いに気づかずに、のうのうと現状に甘えていた自分が許せなった。

(ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさいアルフォンシア…っ!!)

 ようやく着いた研究院の入り口の前で、身体を二つ折りにして息を整える。
 かがんだ彼女の顔から、滴が数滴落ちた。
 ラボの研究員が何事かと彼女の様子をうかがいに来る。
 その人たちにイチイチ「大丈夫ですから」と答えて、アンジェリークはいつものようにエルンストの前に立った。

「どうなさったのですか、アンジェリーク…?」
「エルンストさん…アルフォンシアに会いに行きます。時空の扉を開いて下さい…」
「は、はい」

 いかにも思いつめたような顔で頼まれて、エルンストは慣れた手つきで奥の扉を開いた。
 それに飛び込むように彼女はまた走っていく。
 アンジェリークらしからぬ行動に、しばし茫然としたエルンストであったが、ロザリアが事情を説明したのだろうという考えに到って、納得した。

(それにしても、これでは…)

 こんな様子のアンジェリークを残して研究院を留守にすることなど出来ない。
 エルンストは、これから商人のところへ注文した花束を取りに行く予定を繰り上げなければならなくなったことに、深い溜息をつくのであった。


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