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   アンジェリークは、真剣な顔をしたエルンストとレイチェルを相手に、一生懸命アルフォンシアの状態を説明した。

「確かに望みはここしばらく不安定ですけど、私とはちゃんとお話もしてくれますし、具合が悪いようには見えませんでした…」

 透明感のある少し高めの声が、緊張のせいか うわずって、もっと可愛らしい声になった。
 みずみずしい、はじけるような、
 高い、声。

 レイチェルの眉が、ぴくりと動いた。
(ふ〜ん。そういうこと?)
 アンジェリークの態度に思い当たることがあったらしい。

「それじゃエルンスト。ワタシこれから行く所があるから、お先に失礼するね。アルフォンシアが元気だと分かったならいいんだ。アンジェ、またね」

 レイチェルは、思わせぶりにアンジェリークにウィンクすると、さっそうと王立研究院を出て行ってしまった。
 それに気づいていないエルンストは律儀に挨拶を返し、アンジェリークは真っ赤になった両頬を押さえる。

(レイチェルったら!…気づかれちゃったよね…怒ったかな。ライバルの私がこんなんじゃ……)

 見るからに落ち込んでしまったアンジェリークを見て、エルンストは慌てて励ました。

「そんなに哀しそうな顔をなさらないで下さい。…私も出来る事はお手伝いさせていただきますから。ね?」

 その励ましは的外れなものであったけれど、アンジェリークには思ってもみない言葉だった。
 眼鏡の向こうには、狼狽した瞳がゆらゆらと動いている。
 この人はいつも正直で真っ直ぐだ、と少女は喜びの中で思う。

 そして、やさしい。

「はい。ありがとうございます」

 自分を応援してくれている彼に少し胸が痛んだけれど、アンジェリークは満面の笑みでエルンストに応えたのである。
 (でも、本当にアルフォンシアはどうしちゃったのかしら…?)

 無邪気な彼女は自分のパートナーのことをよく知らなかった。

***

 王立研究院を去った後、レイチェルは鋼の守護聖ゼフェルの執務室を訪れた。

「よぉ。遅ぇじゃねーか。こっちは待ってんだから…その…もっと早く来いよなっ!」

 語尾が強くなるのは照れた時の彼のクセだ。
 それをよく知っているレイチェルは、別段気にする様子もない。
 むしろ、直視できずに目をそらす彼の仕草を可愛らしいと思う。…もちろん、そんなことは本人には言わないが。 

「ごめんなさい、ゼフェル様。今日はアンジェの様子が気になって」
「ああ、アイツな。育成が止まってるそうじゃねーか。でも、もうアイツの女王は決まったようなもんだろ? 他の守護聖の奴らは毎日頼まれもしねーのに
サクリア贈ってるみてーだし。…まっ、俺にはどーでもいい事だけどなぁーっ」

 机に行儀悪く座ったまま、まだ少年の面影が残る細い腕を頭の後ろで交差してゼフェルは少しイラついた口調で喋る。
 彼にしてみれば、自分の好きな相手が試験に負けるのは、少し悔しいのである。
 だが、女王になられると自分達が上手くいかない。
 複雑な心境だった。

「気にならないんですか? 育成が止まってる理由」

 レイチェルが、にこにこしながらゼフェルに近づく。
 ゼフェルの目の前まで来ると、彼は興味なさそうにレイチェルの長い髪の一房をすくって指に絡めた。

「お前以外はどーでもいいよ…」

 呟いてるのか、囁いているのか分からない、低くて掠れた声。
 レイチェルは我慢できなくなって、そのまま彼の右頬にキスをした。衝動的だった。

「どわあああああっっ!! な、な、何しやがんだ、テメー!!」

 だが彼は、その一瞬で現実に引き戻されたらしい。
 動揺した彼は、レイチェルの髪をつかんだまま机から転げ落ちてしまった。
 当然レイチェルも引っ張られて転ぶ。短い悲鳴が彼女の口から出る。
 2人とも無様に上等のカーペットに転がった。

「イターイ! ゼフェル様ヒドイ! ワタシまでひっぱるなんてぇ」
「う、うるせーっ! お前が突然 変なことするからだろーが!」
「アイタタタ…髪が抜けるかと思った…。んもー、ハゲちゃったらどーするんですか」
「その時はルヴァのターバンをもらってきてやるよ」

 そう答えたあと、ゼフェルは突然吹き出して、大笑いし始めた。

「ぷっ…お前が…ハゲて…ルヴァのターバンかよ…あはははははははっ…ダッセェー…わははははははっ…に、似合わねぇ…ッ…」
「もぉー…ホンット失礼しちゃ…くっ…ふ…あはははははっ」

 彼らが笑い終わるまでには、数分間の時間が必要だった。
 ようやく収まった2人は大きく深呼吸をする。
 笑いつづけて、多少疲れたらしい。まだ肩がヒクヒクと震えていた。

 今の2人は、大きな机の前に、かくれんぼでもしてるかのように床に座っている。
 すぐ目の前に相手の顔があるのが、少し居心地が悪かった。
 照れくさくて、ゼフェルが顔を背けようとしたとき、レイチェルが彼の肩にこつん、と頭を預けた。

「あの娘もね、恋をしたんです」
「あ?」

 脈絡が飛んでいたので、彼女がアンジェリークのことを言っているのだと了解するまでに、ゼフェルは数瞬かかった。

「…誰に」
「エルンスト。―――だから育成を中止してたんです。女王になるのは確かにほとんど決定してるけど、少しでも長く一緒にいたくて…。
そう思うとアンジェが可哀相…。だってワタシは好きな人とこうして一緒になれたけどアンジェは無理なんだもの」

 抑揚のない声が、振動となってゼフェルに直接響く。

「だからってお前が代わりに女王になるなんて言わねぇよな? ずっと俺と一緒にいるって言っただろ!?」

 不安に負けそうになって、ゼフェルはレイチェルを引き離すと大声で怒鳴った。
 レイチェルが優しい性格であることも、アンジェを気に入ってることもよく知っていた分、不安が大きかった。

「大丈夫です。ゼフェル様。ワタシはずっとアナタの傍にいます…。ちゃんと一緒に…」

 そう言い切ったレイチェルは、とても綺麗だとゼフェルは思った。
 そしてまるでプログラムでもされていたかのように、お互いの距離が縮まっていく。
 吐息を、感じるほど、近づいて

 かすめるような口づけをかわす。

「ほらね。約束です」

 はにかんだままそう言うと、レイチェルは立ち上がりスカートの裾をはたいた。
 もう、出て行くらしい。

「それじゃゼフェル様、ワタシのハートはもうないんで帰ります。お邪魔しました!」
「おう。…またな」

 元気に出て行く彼女の後姿を見送ると、ゼフェルは大きく息を吐いた。

「はああああっっ…カッコ悪ぃ…まだ震えてやがんぜ…」

 余韻に浸るように小刻みに震える両手を強く握り締めて、 ゼフェルはよろよろと立ち上がった。
 そして突然、レイチェルの言葉を思い出し、

「確かに…好きな奴と一緒になれねぇのは可哀相かもな…」

 と一人ごちた。

***

 同刻。
 2人の女王候補が帰った王立研究院では、エルンストが紙片を見つめながら眉間に皺を寄せていた。

「もう…限界なはずだ」

 その言葉は悲痛な響きを含んで、そのまま宙に溶けた。

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