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   王立研究院にやってきたレイチェルが見たものは、今まで見たことがないくらい真っ赤な顔をしたエルンストだった。

「どーしちゃったの、エルンスト!? 大丈夫? 顔が真っ赤よ?」
「は?」
「すっごく赤いよ。熱でもあるの?」

 開口一番に心配げに見つめてくるレイチェルに戸惑いつつも、エルンストは大丈夫です、と答えた。
 襟元を直し、眼鏡を押し上げる。
 まだ少し、ロザリアの甘やかな香りの残滓が残っているような気がして、少し落ち着かなかった。
 あれからまだ、数分しか経っていない。

「心配してくださって、ありがとうございます。ですが、大丈夫ですので、気にしないで下さい」
「そぉ?ならいいけど…」

 レイチェルにとって、既知のエルンストは何かと親しみやすい存在である。
 エルンストが研究熱心で、そのために食事もおろそかにしやすいこともよく知っている。
 そんな彼を半分呆れながらも、やはり心配するのは当然のことだった。

「今日のご用件はなんでしょう。 直接観察なさいますか? それとも望みの予測ですか?」

 眼鏡の奥の瞳を柔らかに細め、いつものセリフを口にした彼に、レイチェルはにっこりと笑ってこう言った。

「ううん。今日はアナタとお話をしようと思って」

***

「話…ですか? なんでしょう」

 生真面目に応対するエルンストに苦笑しながら、レイチェル単刀直入に本題に入った。

「最近のアンジェ、変じゃない?」
「…変、と言いますと…? 貴女は何か心当たりがあるんですか?」

 レイチェルとアンジェリークは、仲が良いが同じ女王候補同士。言わばライバルの関係である。
 エルンストは不用意な発言をしないように、慎重に彼女の出方を見守った。

「ないから、こうしてアナタに会いにきたんでしょうが。…そうね。質問を変えるわ。アルフォンシアは相変わらず望みをフラフラと変えているの?」

 この質問に答えるのは、問題ない。

「はい。貴女もご存知だと思いますが?」
「その理由は分かってる?」
「…いいえ」

 短く答えたエルンストに、レイチェルはまた不安そうな顔をして彼を見つめた。

「ねぇ…アルフォンシアが病気ってことはないわよね?」

 宇宙の意思が―――病に?
 その発想自体、エルンストには新鮮なものだった。
 意思が病気になるなんてことは有り得るのだろうか?
 いや、意思とは言え彼女達には聖獣に映るのだから、生物という具現形式を取る限り「病」の存在を否定することはできない。
 そうだ。
 女王候補にとって、聖獣は一つの生命なのである。

 エルンストの脳裏に一つの可能性が浮かんだ。

「それは…私には分かりません。むしろ、聖獣を見ることが出来る貴女の方がよく分かるのではないんですか、レイチェル?」
「それは無理よ。だってワタシにはルーティスとしか映らないんだもん。話ができるのもルーティスだけよ」

 あっさりと答えられてしまった。

「こうなったら、明日アンジェに直接聞いてみましょうよ! ワタシやっぱり心配なんだ。アンジェが困ってるなら助けてあげたいし、
アルフォンシアが病気なら治してあげたいの。アナタも協力してくれるでしょ?」

 細くくびれた腰に両手を当てて、レイチェルは仁王立ちのポーズでエルンストに言った。
 しかも付加疑問文である。

「もちろん。私にできることでしたら協力しますよ」

 そうして、2人は明日アンジェリークが王立研究院に来るのを待つことにしたのである。

***

「こんにちは、エルンストさん。レイチェル。 ここでレイチェルと会うなんて、久しぶりね」

 翌日。
 思ったとおり、アンジェリークは王立研究院にやってきた。
 何も知らない彼女は、花のような顔を惜しみなく笑顔に染め上げてあいさつをする。

「エルンストさん、今日も観察に行かせて下さい」

 心なしか頬を染めて、アンジェリークはエルンストを見つめる。

「分かりました。ですが、その前に貴女にお聞きしたいことがあります。少しお時間をいただけますか?」

 予想もしなかったエルンストの言葉に、アンジェリークの胸は軽くはねた。
 けれど、彼もレイチェルも、そんな彼女の内心には気づいていない。

「何ですか?」

 形式的に訊いてはみたが、訊かれる内容は、アンジェリークにも予想がついた。
 いよいよアルフォンシアの状態に疑問を持たれたのだ。

「アルフォンシアは…その、元気ですか?」
「え…っ? …あ、はい。…元気です。望みは不安定だけど、特に具合が悪いわけでもないし…私とお話もしてくれるし…」

 アンジェリークは、彼からの質問に少々面食らいながらも、最近のアルフォンシアの様子を2人に話して聞かせた。

 

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