SCIENCE           Vol.6

 渚は辺りを見回した。地下だというのに明るい。
 廃ビルの下にあるとは思えない精密機械の数々。チタン色の超合金が監獄を思わせる。
「あのぅ…ここ何ですか? どうして私が捕まんなくちゃいけないんですか?」
 白々しい三文台詞でも黙っているよりはマシ、と彼女は判断したらしい。
 しかし、隣の白衣の男は何一つ語らず無言のまま渚を奥の部屋まで連れて行った。

 目に映ったのは大きなガラス。さらに下の階を覗ける構造になっている。
 その渚のいる部屋には、潤を探していた男も含め、10人近く、一様に実験服をまとい立っていた。

「おい、この娘どうする?」
「放っておけ。右月さんから指示があるだろう」

 見知らぬ男達に舐められるように視線を浴び、少しずつ彼女は恐怖を感じ始めていた。
 いやらしい低い笑い声も聞こえてくる。
(っ!!)

「何すんのよっ!」

 全身に鳥肌が立った。太ももを撫でられたのだ。
 気色悪い。
 吐き気がする。

(ひーん晃君。早く来て〜)

 今更ながら自分の行動を後悔した そのとき。

「てめぇら何しやがるっっ!!」

 彼女の念が通じたかどうかは知らないが、王子様は空中から突然に現れた。
 端麗な容姿とはギャップのありすぎるセリフを放ち、マシンガンの如く催涙弾を投げながら。

(何かが違うぞ…)

 確かに説明された計画に間違いはないが、潤はどこか釈然としないものがあった。
 草薙の変わりようである。
 内部の映像を彼に見せたのが間違いだったのか。
 そんなことを潤が思っている間、晃は思う存分敵を混乱させ、ロックを全て解除。研究所のマザーコンピューターを停止させた。
 そして とどめ。
 ――――――――――ぶちっ。
 回線を断線し、復活不可能にした。これで制御システムは機能しない。

「はーい。じゃ、おじサマ達ちょっと眠っててねー☆」

 ようやく理性を取り戻すと、今度は催涙ガスを噴射する。もはや晃のポケットは四次元ポケット状態である。
 なんにせよ、3人は無事計画を遂行。残るは右月のみである。
 ガラスから下を覗けば、薄明かりの中にいかにも学者の卵という風情の女がいた。
 彼女が右月綾子である。
 急いでさらに階下に降りてきた3人を見て、彼女は一瞬目を見張ったがすぐに平静を取り戻し、口許を歪ませた。
 晃に促されて、渚が捕らえられていた子供達を助け出し、共に出口へと向かう。

「これは これは…珍しいお客さまね。JN-28、戻ってきてくれて嬉しいわ」

 黒い瞳を光らせて唇をさらに吊り上げる。

「何のためにこんなことをしているのかな? 美人のおねーさま」

 晃が訊く。

「あら。いい男ね。それに頭も良さそう」
「そりゃどうも」

 緊張感が漂う。20代の女性――しかもけっこうな美人――に褒められて、悪い気はしないが悪役美女に言われても嬉しくもない。
 それにしても…彼女のあの落ち着き払った態度はなんだろう?
 余裕? 諦め? …違う気がする。
 晃は慎重に右月の様子を探った。

「私たちは人工生命体の製作を試みてるわ。人間そっくりのマシノイドを。 この飛びぬけた腕力にESPが加わったら最強だと思わない?」

 右月がその笑みを崩さぬまま話し続けた。

「私たちの研究で、能力は脳波のためだと突き止めたわ。でもね、この周期は今の科学では作り出せないのよ。そこで私たちは考えたの。
――――脳ごと移し変えればいいと…ね。 実験は成功。拒否反応も起こらなかったわ。当然よね。私が合うように設計したんですもの」

 恐ろしいことを淡々と、いやむしろ誇らしげに口にする右月に、晃は肌が粟立つのを覚えた。
 漆黒の髪は闇に溶け、白衣の白さだけがぼんやりと見える。
 中枢部を破壊したため、一部の照明しかついていない。光など、地下には届かない。
 晃は四肢が凍りついたように動けなくなっていた。

「そして私たちの研究は最終段階に入ったの」
「意思の操作…か」

 晃は言った。
 その強大な力が暴走しないように、製作者の安全弁だ。思い出や感情など、一切の不要なものの抹消。
 そしてその結果、正真正銘の機械人間――マシノイド――となる。

「正解よ。頭脳明晰、眉目秀麗なんて おいしいわね。別のところで君と逢いたかったわ」
「残念ながら年増に興味はないんですよ 俺は。悪の申し子のような女性は特にね」
「可愛いことを言うのね。 女の性根を知らない無垢な ぼうや。 …ふふっ…多かれ少なかれ女はみんな魔性よ」

 艶かしく笑う。

「マッド・サイエンティストめ…」
「嬉しいわ。私には最高の褒め言葉よ」

 晃の拳が小刻みに震えているのを、視界の端で少年は見た。
 自分の隣で顔には出していないが心から憤っているのが分かる。
 なぜなのか、は潤は知らないけれど…けれど、それは今はどうでもいいことだ。

「被験者は…その後どうしたんだ?」
 顔を蒼ざめたまま沈黙を守りつづけた潤が訊いた。
「もちろん、無駄なく使わせていただいたわよ」
 殺した、と口にしなくても分かった。
「こんなこと許されると思ってんの? 僕たちを玩具のように扱ってさ」
 やや強気の発言を、右月は軽くあしらう。

「科学の発達に犠牲はつきものよ」

 と。
(―――っ!!)
 瞬間、右月が膝をついた。続いて頭の近くで空気が圧縮され、小さな爆発が連続して起こる。

「潤!やめっ…」

 必死で晃が潤を抱きとめ制止した。
 生身の人間がくらったら ひとたまりもない。

「はぁはぁ…どう? 自分の体を弄くられる気分は? あんたの足の関節をはずしたよ。 
あんたが教えてくれたんだよね、右月さん? 敵の足をまず止めろって」

 座り込む右月を蔑む形で、潤が見下ろした。冷酷な笑み。子供とは思えないほど迫力がある。
 彼の能力が凄みを出すのに一役かっているからか。

「逃げる気なんて はなからないわよ。私はここで命を絶つわ」

 妙に割り切った声が部屋に響いた。

 

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