ー2ー

 

  日が高く昇っている明るい午後。男はもう一度その寺を覗いた。
怖いもの見たさというのもある。
しかし、それ以上に あの美しい女をもう一度、今度は明るいところで眺めたいという気持ちの方が強かった。

柔らかい二の腕の感触や、しっとりとした黒髪の感触を思い出すと、やはりあの女が愛しくて仕方がなかった。
狂おしい愛欲に、男は駆り立てられたのである。
男は今まで、こんな思いをしたことなど一度もなかった。
こんなにも強く引かれるものに出会ったことがなかった。

―――――― 逢いたい。

逢って、奪おう。誰にも邪魔されぬ処へさらってしまおう。
男は昨夜の恐怖など忘れて、猛る気持ちのまま邸に入った。

案の定、女がいた。布で髪をくるんで端近に座っている。
だが、虚ろな瞳でぼんやりとしており、まるで魂が抜けたような風情である。
男は様子を見るために、庭の植え込みの影からじっと見つめつづけた。

女は明るい日の下でも美しかった。
雪のような白い肌。
ぽってりとした情熱的な唇。
瑞々しい芳香が、男のあたりまで漂ってきそうだった。

―――――が、女は一向に動かない。
秋の涼風が、頭巾の布をどれほど はためかせても、眼を細めることもしない。
静かな、それでいて生気の欠けた女だった。

男は、最後に囁いたときの女の表情を思い出した。
白々と明けてくる朝、腕も中でまっすぐに見つめてきた瞳。
爛々としていて強い光を宿したそれは、男を恐れさせるほど活き活きしていたはずだ。
なのにどうだろう。今、目の前にいる女は意思のない虚ろな抜け殻である。

男は警戒するのも忘れ、女の目の前に姿を出した。
自分を覚えているなら、何らかの反応があるはずだ。
そう思ったのに、女は男を見ようとしない。
気づいているのかどうかも分からないほど、彼女には変化がなかった。

何を見つめているのか分からない、かすんだ眼が、男を見透かして その先を見つめる。
視線が合わないことが男を無性に不安にさせ、彼はたまらなくなって女を抱きしめ接吻した。
けれど相変わらず女は無感動に目もあわせず宙を見つめるばかり。

埒があかぬと思った男は 夜になるのを待つことにして、その場を去った。
男はまた、女のもとから逃げ出したのである。

******

日が暮れて、空気が次第に冷やされる。今日も月影がさやかな、秋らしい夜だ。
男は女に何かやろうと思って、昼のうちに栗を集めておいた。
そしてそれを人間から奪った上等な布でくるみ、3度目の道を歩いたのである。

昨日と同じく、戸が開けられていた。
迷うことなく室内に入ると、そこには狩衣姿のあの女が立っていた。帯刀もしている。
昼間とずいぶん雰囲気が違うが、男は眼を見て、すぐに彼女だと分かった。
忘れもしない、強く激しく自分を惹きつけるその瞳。
女は入ってきた男に気づいて、嬉しそうに眼を細めた。

「今夜来ると思っていたよ。なにせお前は私の夫となったんだからね…」

そう言って彼女は、男の顔をその冷たい両の掌で包んだ。

「愛しいひと……」

すると彼女は男が何か持っているのに気づいたようだった。

「おや、くれるのかい? ふふふ…かわいいね。 おいで。 私は今から出かけるから、お前もくるといい。
美しいものを見せてあげよう」

そう言うと、女は、彼の頬にあてていた指をすべらせて優しくなでると、しっかりした足取りで外に出た。
男は彼女にしか用はないので、黙って後をついていく。

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