五
「あっ!ごめんなさい。…あの、貴族様がここに何の御用でしょう。見た通りここは乳飲み子を持つ母親が集まる場所です。 出来るだけ早くお帰りになって頂きたいのですが…」 下層の人間にしては丁寧な言葉遣いをする少女だった。 「それとも、あなた方のお子様も乳で困っているのでしょうか?」 そして優しい人間でもあるようだ。 「いや、騒がして申し訳なかった。我々はこちらのご主人に少し話をうかがいたくて参ったのだが…とりついでもらえないだろうか?」 礼儀には礼儀で返す。 「少々お待ちください」 少しの間考えてから、少女は家の奥へ行き、またすぐに戻ってきた。 「父は今、忙しくて手が離せないそうです。このまま待っていただくか、日を改めてもらうか、お客様にお聞きするように…と」 どうなさいますか、と先ほどよりは幾分、声を和らげて彼女が問うた。 「では、待つか」 そういうことになった。 ******* 「お待たせして申し訳ありません」 日が山の端に半身を食われる頃、ようやく庵の主人が二人の前に現れた。 「いえ、こちらこそ突然お邪魔して申し訳ない」 馬鹿丁寧に博雅は頭を下げる。殿上人だが、あまり身分には頓着しない性格なのだろう。 「私にお話とはなんでしょうか?」 そうして、博雅はことの顛末を簡単に説明した。 「ふうむ……。残念ですが、そのような蛇の話は聞いたこともありませんなぁ」 がっかりしたように博雅が返事をする様を見て、主人は申し訳なさそうに言い足した。 「お待たせしたお詫びに、せめて酒でもお出ししましょう。見ての通りのあばら屋なもので、たいしたもてなしも出来ませんが」 不思議そうな顔で、博雅は隣の晴明を見る。 「なぜお前がそう言うのだ、晴明」 晴明の言葉を聞くと、主人は一瞬驚いた顔をして、その後またにっこりと嬉しそうに笑った。 「これはありがたい。実を言いますと、ここに来るのはいつも乳飲み子を抱えた母親ばかり。久方ぶりに共に酒を飲む相手が欲しかったのですよ」 そうして炊事場へ向かった主人の背を見ながら、博雅は晴明の腹をぽんと肘で当てた。 「おい。いつの間に用意したんだ。また式か?」 博雅が頷いた時に、庭の方から突然水干姿の童子が現れた。 「ははあ。こいつだな」 晴明がそう言うと、童子は無言でゆっくりと一礼し、酒の入った瓶子を手渡し、またもと来た道を走っていった。 「今日は、ちょうど良い鮎を手に入れました。これで飲みましょう」 3人の前に火桶をどっかりと置くと、その後から先ほどの少女が、しずしずとその鮎を乗せた膳を持って入ってきた。 |
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