都を離れ、徒歩(かち)で西方の山へ2人は行くことにした。
 なぜなら今月鬼の出た屋敷は都のはずれの鄙びたところにあったからだ。

「話を聞くに、どうも蛇のようだ。ならば水辺に近い山際を行くのが良い」

 という晴明の言葉に博雅は従ったのである。

「今日は天気がいい。風も気持ちいいぞ。晴明、徒歩でゆこう」

 という無邪気な博雅の意見に晴明は従ったのである。

 みずみずしい新緑の薫りを胸が痛くなるほど吸い込んで、博雅は大きく伸びをした。
 口許が、抑えきれぬ喜びを雄弁に語る。
 立ち止まった博雅の一歩先で、晴明もまた歩みを止めて振り返った。

「どうした」
「うむ。良いものだなと思った」

 穏やかに見つめる瞳に、彼は幸せな言葉で返す。

「良いか」
「ああ。草木の香りがする。日向のぬくもりもある。鳥の声もかすかに…」

 博雅の言葉に、晴明も耳をすます。

「古よ偲ひにければ霍公鳥鳴く声聞きて恋ひしきものを、か…」

 晴明の独白に、博雅は驚いた顔をした。

「なに?」
「家持殿の歌だ。遠い過去から人びとが賞美して来たものであるから、ほととぎすの鳴く声を聞くと、古人の心が思いやられ慕わしくなるのである。
という奴さ。知らぬか?」

「知らぬ。しかしお前、よくすぐに声の主が分かったなぁ」
「分かるさ。歌でも良く出てくるだろう?」

 さも当然のように彼は答える。

「俺は分からなかったぞ」
「だが、お前はその声を良いと思った。それでいいではないか」
「いいのか?」
「いいさ」

 再び歩き出した晴明の後を、博雅が急いでついてゆく。
 ゆるゆると歩きながら、晴明は振り返らずに話しつづける。

「以前、話しただろう。名とは人を縛る呪だと」
「おう。言った。……また呪なのか、晴明よ」

 うんざりした調子で博雅が返すと晴明が軽く笑った。

「まぁ聞け。例えば、こうして一羽の鳥が春の喜びを歌ったとする」
「うむ。美しい鳴き声であった」
「お前はそう言う。だが他の者は違う。あの声がホトトギスだと誰かから聞いて初めて、美しい声だと言う。それが名に込められた呪だ」
「お、おい、晴明よ…」

 納得が出来ずに博雅が小走りに駆け寄り、晴明の肩をつかんだ。
 ぐいと自分の方を向かせる。
 そして困ったような顔で目の前の陰陽師を見た。

「俺にはさっぱり分からんぞ。名などあろうとなかろうと美しいものは美しいだろう?」
「だからお前はいい漢だと言うのだよ」
「む…。ごまかすなよ晴明」
「ごまかしてなどいないさ。見ろ、博雅」
「む?」

 晴明の視線の先を見るとそこには乳飲み子を抱えた女達の列があった。
 見事に女しかいない。
 博雅はさすがに気圧されて半歩後ずさった。
 列の頭には今にも倒れそうなあばれ家があり、そこへ入るための順番待ちをしているようだった。

「なんだこれは」

 泣き叫ぶ赤子の声にかき消されまいと、博雅の声も自然に大きくなる。
 その声で、女達が一斉にこちらを向いた。
 博雅の足がもう一歩下がる。

「少し聞かせてくれまいか。これは何の列だ?」

 冷静な晴明は最後尾の女に尋ねる。
 一瞬怪訝そうに見た彼女だったが、相手が色男だと分かると急いではだけた胸元を隠し、愛想良く乳をもらうために並んでいると答えた。

「おい。いくら乳を分けるといったって、この人数は…」

 呆れた顔で博雅が女の数を数えた。

「十は超えているぞ」
「確かにすごい数ではあるが分け手が一人とも限らぬだろう。それより俺たちの用を済ませるのが先だ」

 そっけなく晴明は答えると、蛇について数人に話を聞くが、誰もそんなものは見たことがないという。
 そこで二人はあばら屋の主人に話を聞く事にして家に近づくと、突然中から14,5の少女が飛び出してきた。

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