−2−

二人は、庭園に向かって歩いていた。

「アンジェリーク、育成は順調か? 何か困っていることはないか?」

 赤茶けた髪を、日の光に透かしながらヴィクトールは気遣うように、隣を歩く少女を見た。
 自分の肩よりも低い位置にある彼女と目を合わせるのは、少し難しい。
 だが、アンジェリークも顔をこちらに向けたので、少し首が楽になった。

「はい。大丈夫です。気にかけて下さって、ありがとうございます」

 ふわりと微笑む彼女の瞳。
 浅葱色の、すこし潤みがちの瞳だった。
 彼は慌てて前を見る。
 少女の目に吸い込まれそうな錯覚にとらわれて。

「そ、そうか。…確かにあちこちでお前が頑張っているという噂を聞くよ。だがな、何か困ったことがあれば遠慮なく俺に相談してくれ。
・・・何というか、お前があんまり華奢なもんだから俺は時折心配になるんだ」

 アンジェリークは、困ったような顔をした。
 大丈夫ですよ。と返事をするほど自信はないし、かといって不安にさせるようなことは言いたくない。
 アンジェリークが黙っていると、ヴィクトールは何やら口篭もって頭を掻いた。

「あ、いや・・・お前が頼りないということではないんだ。誤解しないでくれ。ただ、その細い身体では試験のプレッシャーに
耐えられないんじゃないか、夜に一人で泣いてるんじゃないか、とか不安になってしまう。上手く言えんが…お前が気になって
しょうがないんだよ」

 ヴィクトールの言葉に、アンジェリークは耳まで真っ赤になった。
 その意味は 教官から見た教え子でしかないと分かっていても、アンジェリークの心臓は落ち着かない。
 彼が真面目な顔して言うから、余計に。

「俺だって伊達に歳はくってないつもりだ。経験から言える事もある。だから今回のティムカのように一人で思いつめる前に俺のところに
来てくれよ、アンジェリーク」
「・・・はい」

 蚊の鳴くような声で返事をされて、ヴィクトールはぎょっとして彼女を見た。
 ゆでだこのように真っ赤になった彼女は、顔から蒸気が立つのが目に見えるようだ。

「ど、どうしたアンジェリーク? ずいぶん顔が赤いぞ。…ああ、少し日に当たり過ぎたのかもしれんな。すまない。テラスで少し休もう」

 アンジェリークの赤面を日射病と勘違いしたヴィクトールは、パラソルのあるテーブルを選んだ。

「好きなものを注文するといい。ここはケーキが上手いと評判らしいからな。お前も甘いものが好きなんだろう?」

 くすっと笑って、自分はブレンドを頼む。

「気分はどうだ? 大丈夫か?」
「はい。…あの、そんなに心配なさらなくても平気ですから」
「そうか。良かった。…やっぱりお前は目が離せないな、まったく」

 運ばれてきたオレンジタルトに嬉しそうな顔をする彼女を見て、ヴィクトールは苦笑した。
 アンジェリークは、幸せそうにゆっくりとケーキを口に運ぶ。
 そんな彼女につられてヴィクトールも口もとを緩めた。

「お前といると、なぜだか気持ちが柔らかくなるよ。…安心するんだろうな。その笑顔に。 それが女王の資質なのかもしれんが…
はは、俺は一体何が言いたいんだろうな。どうも若い娘といると思うと…その、緊張してしまうな」
「ヴィクトール様ったら・・・」

 庭園は気持ちのいい風が吹いていた。
 その風に乗って、遠くから鳥のさえずりが聞こえる。

「こういう時間を持つのも、たまにはいいもんだな」
「そうですね」
「・・・ティムカは年齢よりしっかりしてはいるが、やはりまだ若い。ストレス解消の仕方も分からないんだろう」
「私達で、何かしてあげられないでしょうか・・・?」

 アンジェリークの言葉に、ヴィクトールが破顔した。

「お前は優しい娘だな、アンジェリーク」
「そんな…ヴィクトール様だって、何とかしてあげたいって思ってらしたんでしょう?」
「まあな」

 彼はたくましい両腕を天に向け、大きく伸びをした。
 上背のある彼は、そうすることで余計に大きく見える。

「リラックス・・・つまり緊張を解いて くつろぐ状態になればいいんだが。ティムカが好きなことをしてやるのが一番だと俺は思う」
「そうですね。ティムカ様は故郷のスープが好きだっておっしゃってたから、私、今度作ってみます」
「おお。それはいいな。どんなものなんだ、それは」
「えっと…お肉と野菜をいっぱい煮込んだものらしいです。ヴィクトール様はご存知なんですか?」

 アンジェリークの台詞に少し驚き、そしてヴィクトールは苦笑した。

「いや、伝統料理になると俺はあまり・・・。だがスープなら俺もよく作るからな。何か手伝えるかもしれん」
「えっ…ヴィクトール様がお料理を…?」

 思わず口にしてしまい、アンジェリークは慌てて失礼な態度を謝る。
 ヴィクトールは気にした風もなく、むしろおかしそうに笑った。

「はは、なんだ そんなに意外か?」
「だって…想像できないんですもの…」

 アンジェリークは複雑そうな顔をする。

「おいおい、俺のエプロン姿なんて想像してるんじゃないだろうな。 俺は軍でよく野営をしてたから料理には慣れてるってだけだよ」
「あ、そうなんですか」

 ようやく合点のいった顔をした彼女を、まだヴィクトールは面白そうに見つめる。

「もっとも、見た目はお世辞にも良いとは言えない代物だがな。味は保証するぞ。俺の作る豆のスープは部下からも人気があった」
「お上手なんですね。今度教えてくれませんか?」
「ああいいとも。お前も気に入ってくれるといいんだがな」

 そんな のん気な会話の途中に異変は起こった。

「…っく」
「ヴィクトール様?」
「すまん…っく。急に…ぃっく」

 ヴィクトールが、ひゃっくりをし始めた。

 †NEXT†
†BACK†
†TOP†

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送