-3-
「…っく…。なかなか止まらんもんだな」 恥ずかしそうにヴィクトールが後頭部を掻いた。 「ヴィクトール様。お水です」 ウェイトレスに冷たい水を頼んで、彼に渡す。 「お水を飲むとき、心の中で『たぬきがこけた』って3回唱えてくださいね」 大真面目に言う彼女に、ヴィクトールは大笑いをした。 「ははは。お前のところには、そんなまじないがあるのか。っく…。それを信じてるお前も可愛いもんだな」 全く信じてくれない彼の態度に、少し拗ねたような口調でアンジェリークは反論する。 「ほぅ。俺の育った地域では、コップに×印になるように棒をかけて一気に飲む…なんていうのが…っく あったな」 ヴィクトールはとにかくコップの水を飲み干した。 「どうですか?」 ヴィクトールは苦笑する。 「そのうち止まるさ。少し動いた方がいいのかもしれんな。アンジェリーク、良ければ少し歩かないか?」 アンジェリークの心配をよそに、ヴィクトールは女王像の前、東屋へと冗談を交えた会話を楽しんでいた。 「ヴィクトールさまっ!!」 突然に大声で名を呼び、背中を叩いてみた。 「なんだ。どうした?…もしかして…びっくりさせようとしたのか?」 なんて言われてしまった。 「お前のような っく 細い腕じゃ、俺を驚かすのは無理だろう。…気持ちは嬉しいんだがな」 確かにヴィクトールの言うとおりで、力で彼を驚かすのは至難の業だ。 (ヴィクトール様が驚かれるような話題って何かしら?…) 「あのですね、実はクラヴィス様ってお料理がご趣味で、この間 歌いながらニンジンを切ってるところを目撃しちゃったんです」 「オスカー様に聞いたんですけど、先日ジュリアス様が愛馬に噛まれたんですって。頭から がぶりと」 「ルヴァ様のターバンの秘密ご存知ですか?あそこで稲を育ててるらしいですよ。ルヴァ様のおせんべいって全部お手製かもしれませんね」 (…私ったら尊敬すべき守護聖さまに何てことを…) 「…気持ちがいい場所だな。歩き疲れただろう? っく。ここで少し休まないか」 ヴィクトールの言葉に我に返り、アンジェリークは自分が約束の木まで来てしまった事に気がついた。 「お前の息抜きのつもりだったんだがなぁ。なんだか…っ…俺の息抜きにお前を付きあわせているような気がするよ」 偽りなく気持ちを述べる。 「まだ試験は始まったばかりで、これからも…っく…お前には苦しい試練が待っているかもしれん。だがな、俺は…いや俺達はいつだってお前を 不安に捕らわれそうになったときに、自分の背中を押してくれるのは、いつもこの教官の言葉であった。 「さっきも言ったが、俺はお前が気になってしょうがないんだ。何と言うか…あ、いや、なんでもない。っく」 心なしか顔を赤らめて、ヴィクトールは最後にひゃっくりをした。 「ヴィクトール様。今日はとっても楽しかったです。私、ヴィクトール様のことが、もっともっと好きになりました」 アンジェリークのびっくり作戦大成功である。 「…ひゃっくり、止まりました?」 胸に手を当てて、じっとしてみるが、あの煩わしい痙攣はきれいさっぱり消えていた。 「おいおい…いくら俺を驚かすためと言ったって…おじさんをからかうのはこれっきりにしてくれよ」 複雑な表情で、ヴィクトールが額の汗を拭った。 「…冗談、なんだろ?」 困ったようにヴィクトールは確認をするが、アンジェリークはただ笑顔を返すだけである。 「…と、とにかく、お前がそう言ってくれるのなら、また来よう。それでいいか?」 なんとか取り繕ったものの、ヴィクトールの心臓は、まだバクバク言っていた。 「次にお前がひゃっくりになる時が楽しみだな」 耳元で囁かれた彼の言葉に、今度はアンジェリークが絶句する番だった。 ―――――そんな 約束の木の下で交わされた、かわいい いたずらの約束。 END |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||