<移り香>

  ある晴れた日の午後。風が緩やかに吹き、レースのカーテンを躍らせる、そんな穏やかな時間。
アンジェリークの部屋には、一人の客人がいた。
健康そうな褐色の肌。すらりとバランス良く伸びた長い手足。利発そうなスミレ色の瞳。
―――――――女王候補の一人、レイチェルである。

はきはきとよく喋る少女だが、面倒見が良く、人懐っこい性格で、時々こうしてライバルの部屋に訪れては会話を楽しんでいく。
口では「危なかっしくて見てられない」と言いながら、アンジェリークを気に入っているようだ。

「ねぇ、アンジェ。最近、王立研究院に通ってるみたいだけど…」

紅茶が淹れられたカップを持ち上げて、レイチェルがアンジェリークに話し掛けた。
その問いに、アンジェリークは柔和な顔のまま、目の前の少女が発する次の言葉を待つ。

「どうしちゃったの? アルフォンシアと上手くいってないの?」

アルフォンシアとは宇宙の意思―――聖獣のこと。女王候補にしか見ることが出来ず、交信することも出来ない。
今回の女王試験は、この聖獣との協力なくして進めることは不可能だ。そのために双方に信頼関係を築くことが必然的に重要になる。
レイチェルは、ライバルがこの信頼関係構築に難儀しているのではないかと心配したのである。

「ううん。そうじゃないわ。でも……」

アンジェリークの声はいつも優しい。
けれど、今日はその声にどこか言いよどんだ響きがあるのをレイチェルは見逃さなかった。

「でも?」

レイチェルが先を促すと、アンジェリークはうっすらと頬を染めた。

「ちょっと気になって……」

照れを隠すように はにかんだアンジェリークを見て、レイチェルはふーんと思う。

「アルフォンシアが? でも気をつけたほうがいいよ。アナタ最近、育成全然やってないじゃない」
「あ…うん」

確かに最近のアンジェリークは育成することを中断していた。
それでも彼女の人柄に惹かれた守護聖によって着々と惑星は誕生していたけれど。
だが、それでもレイチェルは諦めたわけではない。

「うかうかしてるとワタシ、すぐに追いつくんだからね。いつまでも このままだと思ってたら大間違いなんだから」

きらきらとした瞳が不敵そうに笑う。
レイチェルの持つ自信は厭味がない。自分に対する自信が、常に彼女に高みを目指させるせいだろう。
その姿は見ていて気持ちがよい。

「そうね。心配してくれてありがとう、レイチェル」

にっこりと笑ってアンジェリークは礼を言った。

「だってアナタは ワタシのライバルだもん。いい勝負したいじゃない」
「そんな勝負だなんて…。一緒に頑張ろうね。レイチェル」

困ったような苦笑をして、アンジェリークは少し首をかしげる。
そんな仕草にレイチェルは呆れた顔をした。

「まったくアナタって本当に おっとりしてるんだから…。嫌いじゃないけどね。アナタのそーゆーとこ」

おくびれもなくそう言うと、レイチェルは紅茶を飲み干し、部屋の主に別れを告げた。
ドアを閉めたとき、アンジェリークは軽いため息をつき、レイチェルは一つの疑問を解消しに、足早に寮から出て行った。

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