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  女がゆっくりと膝を立て、代わりに男が沈むように座り込んだ。
男の影を越えて、女の頬に光が射しこむ。
手にしていた魚を横にそっと置き、細い白い指で自ら着物の帯をほどいた。

するりと衣のすれる音とともに、甘い香りが漂う。
花弁が一枚一枚開いていくように、女は衣を一枚ずつ脱いでいった。

雪のような肌が露になる。

あまりにそれは美しくて、男は汚してやりたくなった。
殺してやりたくなった―――――

「ようく見るといい。この身に宿る鬼の姿を。……ほら私は何だ?」

女が猫のように目を細めた。
月光に浮かび上がったのは裸体。
けれどそれは女でもあり、男のものでもあった。

「私は何だ? ……お前は答えられるかい?」

鈴を転がしたような、澄んだ声だ。
男は何も言わずに、ただじっと女を凝視する。
女は呆けたような男を笑ったようだった。うっとりと微笑んで男の頬を優しく両手で包む。
もう夜は冬のように寒いはずなのに、女はそんな気配を感じさせない。

「昼間のお前はきれいな眼をしていたね。…ギラギラとして、宝玉のようだった」

頬に添えられた指が上がってゆく。

「……もらうよ」
「え?」

親指が男の右目に触れたかと思うと、女は爪をまぶたに くい込ませた。
ものすごい力で眼の裏をえぐられる。
きつく目を閉じても、ぐいぐい入ってきて、指の感触が直に伝わる。脳までほじくられそうだ。

ぼとりと血の塊が男の顔から落ちた。

女が事もなげに指を引き抜き、愛しそうにそれを拾い上げる。
男は痛みと恐怖で狂いそうだった。
悲鳴が喉に引っかかっている。
ボタボタと血が畳にしたたった。もだえることもできずに、うずくまる。

「泣いてもいいよ…痛いだろう?」

いびつな眼球を掌に転がしながら、玩具を手に入れた子供のような顔で女が言った。

「強がらなくてもいいんだよ、殺したいだろう…?」

男は女の部屋から短刀を奪うと、一気に邸内を駆け回った。
思ったとおり、昼の老婆が屋敷の隅で着物を引っ掛けて眠っている。
男は短刀を握りしめると、痛みも忘れて老婆の喉に刀を突き刺した。
一回では物足らず、胸を言わず腹と言わず滅多ざしである。
どくどく と脈と一緒になって血が吹き出ている。

どくん。どくん。どくん。

刺し疲れて息が上がる。
そこへ女が一枚だけ肌にかけて現れた。

「腑抜けだね…私を殺せないのかい?」

どくんっ。

「うわああああああああああああああああああああああああああっっ!!」

ザンッ と短刀を畳に突き立てた。

「はあ…っ……あぁ…、殺せない…。お前を手放すなど出来ない…」
「馬鹿だね…右目だけじゃ足りないのかい? 馬鹿な男は嫌いだよ。昼間あれほど私を殺したがっていただろうに、
どうした?  私が恐ろしいか?」
「―――――お前を失う方が恐ろしい……」
「ほだされたかい? ふふ…っ、でもね、私はお前を殺せるのさ。…分かるかい? まともに生き得ぬこの苦しみを。
この身に巣くう狂気はやたらと血を見たがるのさ…お前なら、私を殺してくれると思ったが…」

女がかがんで、突き刺さっている短刀を引き抜いた。

「初めて会ったとき、嬉しくて心が震えたよ。野生の獣のような、殺意の塊だった。だのに…期待はずれだね……」

そこで初めて、男は相手が殺されたがっていたことを知った。

「殺してくれるわ…」

どくんっ。

構えられた短刀ごと、男は女を抱きしめた。
みぞおちに刀がおさまる。

「鬼など…俺の知ったことか…っ…はあ…はァ…お前は俺の妻だろうが…っっ」

たどたどしい言葉を、男は女の耳元で喘ぎながら紡いだ。
右目が疼く。傷口が熱くて仕方がなかった。

「殺してやる…っっ…ちゃんと、俺が…」

そこまで言って、男は女の首筋に口づけた。
ひんやりとした肌だった。

「一緒に逝ってやる…」

そしてそのまま女の喉笛を噛み千切った。
べろりと皮がむけて、大量の血が吹き出る。
女は一瞬痛みに眉をしかめて、けれどすぐに蒼い顔のまま、男に笑いかけた。

「いとし…い…ひ…と…」

腕の中の女が一気に重くなった。両腕が だらんと下に落ちる。
男はそのまま女に覆い被さるようにゆっくりと倒れた。
突然訪れた静寂に戦慄を覚えたが、もはやどうでもよかった。

視界の端に写るのは今夜の月だろうか。自分の血だろうか。
目の前に広がる朱が、どんどん男の視野を侵食してゆく。

遠のいていく意識の中で、男は初めて重ねた肌から微熱を感じた。
そして秋の夜風が、容赦なく二人の熱を奪っていくのも――――――

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