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女がゆっくりと膝を立て、代わりに男が沈むように座り込んだ。 男の影を越えて、女の頬に光が射しこむ。 手にしていた魚を横にそっと置き、細い白い指で自ら着物の帯をほどいた。 するりと衣のすれる音とともに、甘い香りが漂う。 雪のような肌が露になる。 あまりにそれは美しくて、男は汚してやりたくなった。 「ようく見るといい。この身に宿る鬼の姿を。……ほら私は何だ?」 女が猫のように目を細めた。 「私は何だ? ……お前は答えられるかい?」 鈴を転がしたような、澄んだ声だ。 「昼間のお前はきれいな眼をしていたね。…ギラギラとして、宝玉のようだった」 頬に添えられた指が上がってゆく。 「……もらうよ」 親指が男の右目に触れたかと思うと、女は爪をまぶたに くい込ませた。 ぼとりと血の塊が男の顔から落ちた。 女が事もなげに指を引き抜き、愛しそうにそれを拾い上げる。 「泣いてもいいよ…痛いだろう?」 いびつな眼球を掌に転がしながら、玩具を手に入れた子供のような顔で女が言った。 「強がらなくてもいいんだよ、殺したいだろう…?」 男は女の部屋から短刀を奪うと、一気に邸内を駆け回った。 どくん。どくん。どくん。 刺し疲れて息が上がる。 「腑抜けだね…私を殺せないのかい?」 どくんっ。 「うわああああああああああああああああああああああああああっっ!!」 ザンッ と短刀を畳に突き立てた。 「はあ…っ……あぁ…、殺せない…。お前を手放すなど出来ない…」 女がかがんで、突き刺さっている短刀を引き抜いた。 「初めて会ったとき、嬉しくて心が震えたよ。野生の獣のような、殺意の塊だった。だのに…期待はずれだね……」 そこで初めて、男は相手が殺されたがっていたことを知った。 「殺してくれるわ…」 どくんっ。 構えられた短刀ごと、男は女を抱きしめた。 「鬼など…俺の知ったことか…っ…はあ…はァ…お前は俺の妻だろうが…っっ」 たどたどしい言葉を、男は女の耳元で喘ぎながら紡いだ。 「殺してやる…っっ…ちゃんと、俺が…」 そこまで言って、男は女の首筋に口づけた。 「一緒に逝ってやる…」 そしてそのまま女の喉笛を噛み千切った。 「いとし…い…ひ…と…」 腕の中の女が一気に重くなった。両腕が だらんと下に落ちる。 視界の端に写るのは今夜の月だろうか。自分の血だろうか。 遠のいていく意識の中で、男は初めて重ねた肌から微熱を感じた。 了 |
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