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満天の星空。恋人達の夜である。
それはどこだって同じだ。天上界も例外ではない。
ここに一人、幸せそうな顔で駆け寄ってくる青年がいた。

「ルーラーッ!」

母親を見つけた幼稚園児の如く手を大きく振る。
あどけない子犬のように無垢な青年。
言わずとしれたラギーである。

「どうしたの?なんだか嬉しそうね」

栗色の髪が揺れる。柔らかな微笑み。
絶世の美女が目の前にいる。

「あのねっ…空中飛行(ウィング)がとれたんだ。…あれ?違った。うーんと、ウィングの免許が取れたんだ。どこにでも行けるようになったんだよ」

心底嬉しそうに彼は言う。
これで君と飛べるんだよ、と。君とどこへだって行けるんだよ、と。

「そう。おめでとう。良かったわね」

彼女の笑顔が何よりの賛辞だ。

「えーと、それでね、これから一緒に空の散歩しない?虹色のウィング、きれいだよ」
「ええ」

無邪気なラギーに笑ってしまう。
彼はサンタクロースになるため勉強中だ。
どういうわけか自分を好いており、毎日のように会いに来る。
ルラの数少ない男性の知り合いの一人だ。

「それじゃ、私ミカエル様に用事があるから、また後でね」

そう言って、彼女は純白の翼を広げ昇っていった。

*********

「ご機嫌だな、ルラ」

目の前の美しい青年が軽く笑う。
白い肌。輝く亜麻色の髪。超美形の5つ星ものだ。

「ミカエル様。…そう見えます?」

己の頬に手を当ててルラが訊く。

「ああ。とてもね。あのサンタ志望の坊やからデートのお誘いか?」
「もう…ミカエル様にはお見通しのことでしょう?」

大天使ミカエルにも困ったものだ。彼女はそう思う。
何も人の突かれたくないところを突かなくてもよいだろうに。

「そう恨めしそうな顔をするな。美人が台無しだぞ」

ぽん、と大きな掌がルラの頭にのった。

「本当の美人は起こった顔も美しいんですよ」

唸るようにルラが返す。

「そうか。だが笑った顔が一番だぞ」

彼の掌が後頭部をなでるようにすべる。
壊れ物でも扱うように。慎重に。愛しく。
ふいにその手が止まった。
頭を支えるようにその手は動かず、彼は顔を傾ける。
そして……。

「ミカエル様?」

いつもと違う彼にルラは疑問符を投げかけた。
それと同時にミカエルは突き放すように彼女を放す。

「す、すまん」

どうかしていた、と一言呟き、咳払いを一つした。

「あ…今夜は風が強い。気をつけるんだぞ」

こんなにも彼がうろたえたところは見たことがない。
ルラが心配してしまうほど彼の顔は紅潮していた。

「は、い…」

返事をして、そそくさとルラはその場を立ち去る。
(な…んだったのかしら…?)
必死に火照る顔を隠し、ルラはラギーのもとへ飛んでいった。

************

「どうかしたの? さっきから黙ってさ」

心配そうな顔がルラの顔を覗き込む。

「え? ううん。なんでもないのよ」

いやいやと首を左右に振ったが、彼女の口数が少ないのは本当のことだ。
先刻のミカエルとの一件があって、どうも上の空である。
ふっと無意識に、彼女は自分の唇に指を当てた。

「ミカエルと何かあったの?」

ラギーにとって彼がいかに大天使であろうと、どんなに偉かろうとも
恋敵なので呼び捨てである。
第一に、自分を子ども扱いするのがいけ好かない。

「ねぇ。何かあったの?」

突然の指摘にびくっとルラは反応した。真っ赤になって口許を押さえる。
一目瞭然の、素直と言えば素直すぎる反応であった。

「何かされたんだね。そうだろ?俺行って来る、アイツのとこ」

怒りを隠せない面持ちでラギーはきびすを返した。

「まっ…待ってラギー。違うの、違うのよっ」

ぐいっとルラが彼の腕を引っ張ったときに異変が起きた。

「うわっ!! ちょっ…ルラ、放さないと…」

危ない、と言おうとしたが、そのセリフは飛行装置のシグナルによってかき消された。
非常用解除の告知だ。
オフにする猶予も与えず、ウィングはプログラムのままに大きく広がる。
その先端にルラの翼がぶつかり、その天使ははじかれた。

「きゃっ!!」
「ルラ!?」

手をギリギリまで伸ばし、なんとかラギーは彼女の片腕を掴むことが出来た。
だが、無情にも激しい突風が彼らをさらい、二人は流されるままとなった。

 

 

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