聖夜のプレゼント

12月24日。
日本全国津々浦々クリスマス・イヴで盛り上がっている。

「はぁ…」

そんな中、外のおめでた騒ぎとはうってかわって重苦しいため息が聞こえてくるのは橘家の由奈(ゆいな)の部屋からだ。

「えーと…12時までにここまでやらないと…」

中学3年生はなにかと忙しい。
冬になればなおさらだ。

「みんなやってるんだから…」

この言葉に弱い。
誰かと比べられずに入られなくて、負けるのが怖くて。

「まったく…っ聖夜なんて受験生の敵よっ」

だんだんっと机をはたくと、由奈はシャーペンを握りなおし、問題集と向かい合った。
犬の唸り声が聞こえる。
それがまた重なってせまい団地に響き渡る。

「こっのぉぉっ…犬も敵だ敵っ!」

地団駄を踏んでいると窓の外から声が聞こえてきた。
声がだんだんはっきりとしてくる。近づいてきている。

「こ、こらっ吠えるなって…あーっもうっ、近所迷惑極まりない」

「驚かしてごめんなさいね、大丈夫よ」

2人。若い男女の声だ。
とりあえず女の声で騒音はやんだ。

(何?こんな時間に)

ふっと疑問符が浮かんだが、気にも止めず由奈はまたばりばりとシャーペンを走らせた。

(他人なんかにかまってられるかっ)

もっともな意見である。
するとコンコン、と軽いノックの音がした。

「はい」

振り向きもせず答える。
お約束の“差し入れ”であろうと由奈は思っていた。
けれど、ドアの開く気配はない。
イスを回転させ背後のドアを見たが誰一人いなかった。

(やだなぁ。疲れてんのかなぁ。…どうかしてるよぉ)

半分崩れそうになりながら、由奈はそのままイスを回し続けた。
とそこで、あまりに不意打ちに由奈は言葉をつまらせる。
視界に入ってきたのは掌。
窓ガラスの向こう側でカーテンの切れ間からのぞくのは確かに大きな掌である。

(男…変質者なんじゃ……)

わざわざノックするところが怪しい。
などと混乱しながら、彼女はとりあえず近くにあったテニスラケットを握り締めた。
決死の覚悟で一気にカーテンを開ける。

「ええっ!? なんでラケット振りかぶってるのっ!?…びっくりしちゃったなぁ…」

どこか間の抜けた感じの青年がそこにいた。

「あのっ…あ、あんた何っ!? 何しに来たのよっ。人呼ぶかんねっ!!」

懸命に声を振り絞ったが、震えてしまった。

(早くいけよバカぁッ!!!)

「ごめんなさい。あの…あなたに危害を加えるつもりじゃないの」

別の高い声が聞こえた。
長い髪が視界に飛び込む。
華麗な美女。しかも翼つきだ。

「あ…」

(人間じゃない)

頭のどこかで声が聞こえたが、なぜか恐怖は感じなかった。

「由奈ちゃん…だよね?あの、見つかると騒がれちゃうから、中にはいってもいいかな?」

返事も待たずにその青年は窓に足をかけて入ってきた。
気がつけば、彼も空中に浮いていたのだった。

「おじゃまいたします」

ふかぶかとおじぎをして彼女も侵入してきた。

「ちょっ…何なの一体っ!?」

しばらくの放心状態から我に返って、声を裏返してしまった。

(だって…普通じゃないじゃん、コイツら…)

真夜中に他人の家へあがるなんて。
空中に浮くなんて。
尋常じゃない。

「由奈ちゃん、いつまでラケット持ってるの?」

行儀良く床に正座をしながら彼は訊いた。
が、そんな問いより照明の下の彼を見て、由奈は思わず息を飲んだ。

(かっこいいかも…)

「もしもーし?」

「うにゃあっ!! 寄るなっ」

その美形が目前に来たので、彼女は意味不明な叫び声とともに壁に張り付いた。
男に免疫がないのもまた悲しい。

「あぁ、良かった。目を開けたまま眠っちゃったんじゃないかと心配しちゃった」

胸をなでおろし呟くところを見ると、本気だったようだ。

「ラギー。初対面の女性に失礼よ。ごめんなさい。彼、悪気はないのよ。ただ本当にあういう人なの」

もう一人の招かざる客人は落ち着いた声で語った。

「私はルラ。堕天使よ。わけあって天使を降ろされたの。 ほら、頭の上にピースリングがないでしょ?」

軽く笑って自分の頭上を指差した。確かに天使の証がない。
彼女は両目を閉ざしたまま、話を続ける。

「彼はラギーよ。私の夫でサンタクロースなの」
「どうも」

照れたように紹介された青年が頭を下げた。

「あ…えっと、私…」
「橘由奈ちゃんだよね。よかったぁ由奈ちゃんが起きてて。眠ってる女の子の部屋に忍び込むなんてただの変質者だからね」

冗談にも取れない台詞を彼は言う。
顔と言動にギャップがありすぎる。反則だろ、と由奈は思った。

「あの…なんで私のところに…?」

(ジョークとかドッキリカメラ類…かな?)

とりあえず部屋の隅々を見回してみる。そして頬もつねってみた。
痛い。ジンジンする。

「ほりゃあ、よいこのほとにハンタクローフがゆくのは当然でひょう」

由奈の真似をして両頬を引っ張りながら無邪気に彼は言った。

(…もしもし?)

何も言えない。

「貴方へのプレゼントが分からなくて教えてもらいたいのよ。何がいい?」

ルラという女性が笑みを含みながら訊いた。
本気、なのか?

「何もいりません。お引き取りください」

姿勢を正し、凛とした声で由奈は言い切った。
冗談に付き合っている暇はない。
そんな彼女の態度にルラとラギーが少したじろぐ。
由奈の瞳が鋭くて冷たくて…。

「欲しいものなんて、志望校の合格通知ぐらいよ。でも、それは私の学力で得るものだわ。
ね、分かったら出ていって。やらなくちゃいけないことがまだ沢山あるのよ」

やっといつもの自分を取り戻した。

(そうだよ。やらなくちゃいけない…)

自分を叩いてでも。
何かを求めたときに犠牲はつきもので。

「―――いきなりで決めかねるからね。明日も来るよ。それまでに考えといてくれる?」

ラギーが沈黙を破り、立ち上がった。

「私は何もっ……!!」
「明日、来るから」

由奈の言葉を遮るように、ラギーがもう一度繰り返した。
由奈が言葉を飲み込む。声が上手く出なかった。

「おやすみなさい。由奈さん。また明日ね」

やわらかに微笑をすると彼女は夜の闇に溶けた。

「じゃね」

軽く笑ってウインクすると彼もまた、窓から出ていった。
外からの寒気がカーテンをはためかす。乾いた音。
突然襲われた孤独感に、由奈は問題集を閉じてベッドにもぐりこんだ。
頭の中にはさっきの2人がいる。
ルラといった堕天使はずっと瞳を伏せたままだった。

(眼が…不自由なんだ…)

ぼーっとしたまま、由奈は呟く。
両目を閉ざしていた彼女。ずっと微笑んでいた彼女。
先ほど言っていた堕天使を降ろされてしまった理由と何か関係があるかと思ったが
由奈はそこで思考をとめた。
他人への干渉は好きじゃない。
そのまま由奈は身体を丸め、眠りへと落ちていった。

 

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