V
「クラヴィスさま?」 約束どおりにアンジェリークは 午後クラヴィスの執務室に現れた。 「アンジェリーク?」 室内にいたのはクラヴィスと、もう一人 水の守護聖リュミエールであった。 「こんにちは、リュミエールさま」 立ち上がろうとしたとき、部屋の主が一言 「構わぬ」 とだけ言った。その声にリュミエールは視線をアンジェリークに向けて了解を求める。 「ええ、リュミエールさま どうぞそのままいらして下さい。今日は育成のお願いじゃないんです。クッキーを焼いたので、召し上がって頂きたくて」 はにかみながら、彼女はきれいにラッピングした箱を差し出した。 「おいしそうな匂いですね。私もいただいて よろしいですか?」 ほのぼのとした会話を聞きながら、クラヴィスは面白くなさそうに黙っていた。 「クラヴィス様も召し上がってください」 くるりと急にこちらを向かれて、彼は心底どきりとする。 「私はお茶の用意をしてきますね」 気を利かせてリュミエールが席を外した。 「昨日のお礼のつもりなんです」 駄目だ。 思わず口に出しそうになって、クラヴィスは愕然とする。 この花のような少女は、傍にいるだけで自分のメビウスの環を断ち切ってしまう。 これ以上、この少女と関るのは、ほころびを大きくするだけだ。 「…お前は人の限界について考えていたと言ったが…」 視線がぶつかって、男は身動きがとれなくなった。 覚悟を決める。 「…限界があると同時に、各人の役割というものがある。その者にしか出来ないことがある。 アンジェリークが大きな瞳を瞬かせたと思うと、くしゃっと笑った。 覚悟はしていたが、その衝動は やはり大きなものだったらしい。 環は絶たれた。 この少女の時間は決して繰り返されることはないだろう。 「お待たせして すみません」 リュミエールが静かにクラヴィスの思考を断った。 「リュミエールさま、お手伝いします」 嬉しそうにカップを並べる彼女を見て、リュミエールは我慢できずに訊いてみた。 「何か良いことでも あったのですか? 今日のあなたは、何だかとても幸せそうですね」 アンジェリークの返事が意外にストレートだったことに リュミエールは驚いたが、視界の端で これでもかと首をねじってそむけた人物を見て 「…っ それは…良かった、ですね…っ」 不思議そうに首をかしげる少女を、リュミエールはこの時 初めてすごいと思った。 「クラヴィスさま、一緒にアンジェリークのクッキーをいただきましょう」 少しだけ、彼女に期待しよう。 Fin |
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