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 お墓を作ってから部屋へ戻るから、と言ったアンジェリークだったが
「女王候補を深夜に放っておくこともできまい」という一言によって、まだ2人は一緒にいる。
 素手で土を掘る気だった彼女に少し呆れて、クラヴィスは自分の館に来るよう言った。
 その誘いに一番驚いたのはクラヴィス本人だったのだが。

 なぜそんな言葉を発したのか、自分でもよく分からない。
 自分らしくない、と思う。

 不変と思われた日常が、あっという間に崩されてしまった。この栗色の髪をした女王候補に。
 今夜の出来事は何もかも驚きに満ちていて、自分の判断力を鈍らせているらしい。
 月も星も 何もいつもと変わらない。
 変わったのは、自分の隣に人がいるというだけだ。
 と、横に目をやると、あるはずの人影がそこにはなかった。やはり夢か と思った瞬間、「すみません」と後方から駆け寄る声があった。
 どうやら彼女の歩調も無視して歩いていたらしい。自分の失態だ。

「すまぬ…」
「いいえ。クラヴィスさまのせいじゃないんです。 私がちょっと考え事をしてたから 遅くなってしまったんです」

 先刻より幾分歩調をゆるめて、クラヴィスは彼女と並んだ。

「人間の限界について考えてました……」

 とつとつと、アンジェリークの唇から 思いが言葉となって、不安が形をもって こぼれ落ちる。

「私はただの力ない女です。天に召される直前の苦痛さえ、完全に取り除くことも出来ない人間です。
守護聖さまのように与えられる力があるわけでもない。…ただ、宇宙の気持ちが分かるというだけで、それだって
みなさまのお力を頂かないと何の役にも立てない…。そのことを 今日あらためて思い知らされて…
…不安になったんです。こんな私が女王候補でいいのかしらって」
「………」

 この少女は自分に何を期待しているのだろう。
 甘やかす慰めの言葉が欲しいのか。 それならもっと適任者がいる。
 気力を奮い起こさせる叱咤が欲しいのか。それを私に求めるのはありえまい。小言が趣味な守護聖がいるのだから。
 薀蓄を含んだ励ましも、望めば茶と一緒に出してくれる者がいる。

 ならば一体 何を望む?

「……ごめんなさい。弱音なんて吐いて。…選ばれて、引き受けたからには頑張るしかないですよね。
女王陛下のご英断ですもの」

 無理に笑った口許はひきつっていて、痛々しいものだった。

「…怖い顔をしている…」
「えっ…」

 はっとした顔でアンジェリークは口を抑え、顔をそむけた。
 自分でも分かっていたから、余計に彼女は泣きたい衝動に駆られる。
 きっと欺瞞だらけの微笑を 闇の守護聖は醜悪に思ったことだろう。
 そう思うと、哀しくて つらい。

「ごめんなさい…でも、頑張るのは本当なんです」

 震えそうになる声を絞り出すと、クラヴィスは前を向いたまま静かに呟いた。

「私には、どちらでも いいことだ…」

 今夜の月光よりも冷ややかに、それは彼女の耳に届いた。

 急いだつもりではあったが、埋葬供養が終る頃は朝が目覚め始めていた。
 藍染色の夜空は 光が溶け込んで蒼色へと変化する。

 輪廻のように 循環を繰り返す 一日。
 還元する 時間。
 回帰する魂。

 今夜は少し違うようだが、と彼は心中ひとりごちる。
 思っていたより ずっと強情な女王候補のおかげで、彼の生活リズムは大幅に狂っている。
 ちょっとした座興にはなるかもしれない、と付き合った結果だが 思った以上にその成果はあったと思う。
 ほんの数時間で この少女の様々な顔を垣間見たからだ。
 退屈をしなかった。
 それは自分にとって、いくぶんかの救いだと クラヴィスは思う。

「空が明るくなってきちゃいましたね」

 日が昇りきる前の蒼い空間に、やわらかい声が溶ける。
 ぬくもりをもった この声を、心地良いと感じていることにクラヴィスは気づかない。

「誰かが起きだす前に戻ることだな。……面倒になる前に」
「はい。そうします」

 従順に答えて、彼女はにっこりと笑った。
 さっきとは違った自然な笑顔だった。

「あの、ありがとうございました。クラヴィスさま」
「…別に何もしておらぬ」
「でも、最後までご一緒してくださったでしょう? 本当は私、あの森の中 一人でいるのが少し怖かったから、
クラヴィスさまが来て下さって すごく安心できました。それに私の愚痴もじっと聞いてて下さったし。
今だって、こうして私のわがままに付き合って下さってる。 ご迷惑おかけしてすいません。それと、ありがとうございます」

 ぺこりと音が聞こえてきそうなお辞儀をして、もう一度 容赦なく笑った。

「それじゃ、失礼します。午後にあらためて執務室にうかがいますね」

 淡いピンクのショールをひるがえして、アンジェリークは走って帰っていった。
 彼女が弾むたびに、ぽわぽわ揺れる栗色の髪を見ながら、クラヴィスは軽く笑った。
 そして、その直後にそんな自分に気づいて、ふてくされて寝てしまったのだった。

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