「あー食った食った。もう食えねーや」
「ゼフェル様ったら」

 もう動けないとばかりに、彼はそのまま後ろ向きに倒れた。
 青空というものが、こんなにも気持ちがいいもので、風というものが こんなにも清々しいものだったのだと初めて気づく。
 地の守護聖が熱心に外の散歩を勧める気持ちも分かる気がした。

 そのまま何気なしに横に視線をやると、アンジェリークの足が目に入ってあわてて体ごと向こうを向く。
 その拍子に草の先が彼の頬に刺さり、「いてっ」とゼフェルは悲鳴をあげた。

「大丈夫ですか?」
「な、なんでもね―よ。いちいち反応すんなよ、バカ」
「?そうなんですか? ごめんなさい」

 素直に謝る彼女に呆れて、ゼフェルは上体を起こした。

「…悪い。そーじゃなくてさ…オメーがシートにこだわった理由が分かったんだよ」
「え?」

 ゼフェルが、草の先端を撫でるように手を動かした。

「確かにこれじゃあスカートには痛ぇーよな」
「あ…」

 アンジェリークが恥ずかしそうにスカートの裾をきゅっと握る。

「オメーもこんなときまでスカートはいてくんなよなー。ちったぁ考えろよ」

 その言葉にアンジェリークは泣きそうになりながら、小さな声で何かをぽそぽそと言った。
 今度はゼフェルが赤くなる番である。

「ばっ、バカヤロー!! んなこっぱずかしい事言うんじゃね―よ!」

 そうしてまた、ふてくされたように横になった。
 片腕を枕にして、彼女に背を向ける。

(「今日のためにお気に入りの服を着てきた」なんて…ちくしょう、かわいいじゃねーか…っ!)

 このままぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られるが、それを実行できるほど自分は器用ではない。

「まあ…その、似合ってるぜ……」

 小声でこれだけのことを言うのが精一杯である。
 だが、彼の背中に、ひどく明るい声で礼を言う彼女の声が聞こえたから、ゼフェルは救われるような気がした。

「ゼフェル様…?」

 しばらくしても、一向に動かない彼に不安になってアンジェリークは声をかけた。
 返ってくるのは静寂のみ。

「ゼフェ……まぁ」

 背中から覗き込むようにすると、彼の寝顔が目に入った。
 のどかな昼下がり、満腹にもなったし、眠気に襲われたらしい。

(起こしちゃ悪いわよね)

 そう思って、アンジェリークは声をかけるのはやめたが、寝顔を見続けるのは止めない。
 ゼフェルの寝顔が可愛いと言っていたのは誰だったろう?
 情報源は忘れてしまったが、アンジェリークはその言葉の意味を今 噛み締めている。

 無防備な寝顔。
 それはあどけなく、とても可愛らしい。
 アンジェリークは微笑して、そっと彼の髪に触れた。
 扱いに困る、とぼやいていた彼の髪は、本当に硬くてゴワゴワしている。
 アンジェリークはなんだか可笑しくなって、思わず笑ってしまった。

「おやすみなさい、ゼフェル様…」

 気持ち良さそうに寝ている彼を起こさないように気をつけながら、アンジェリークはそっと彼から離れた。
 そして自分も、ゼフェルのマントの上に横になる。
 そのまま丸まるようにして、彼の背中を見つめた。

 ゼフェルのマントからは、よく晴れた日の、おひさまのにおいがした。
 今日のように、晴れ渡った空の下に干されたお布団みたいな におい。

「なんか、安心しちゃうな…」

 そう言って、彼女も目をつぶる。
 今朝の早起きが、今ごろ反動となって襲ってきたらしい。
 まるで日向ぼっこをするネコのように、アンジェリークは丸まって、そのまま眠ってしまった。

□□□□□□

「…まったく見せつけてくれるぜ」

 2人を夢の世界から引き戻したのは、ひづめの音と低い男の声だった。

「あん…?」
「ん……あ、オスカーさま…」

 空はすっかり茜色に染まっている。夕方であった。
 その夕焼けの空をバックに堂々と立つのは赤い髪をした美丈夫。
 炎の守護聖オスカーである。

「こんなところまで来て何やってるんだお前達は」

 年長者の威厳で口調が多少高圧的になる。
 ゼフェルは面白くなさそうに答えた。

「充電だよ。オレの動力源はソーラーパワーなの。オッサンには難しいかもしれねーけどな!」
「ほう。じゃ、お嬢ちゃんを放っといてお前だけ充電か。見上げた根性だな」
「ぐっ…」

 減らず口なら負けないオスカーである。
 ゼフェルが一瞬黙ったスキにアンジェリークの方を向き、計算されつくした笑顔を向ける。

「お嬢ちゃん、デートの間中放っとかれて淋しかっただろう?今度は俺が完璧なエスコートを…」
「いいえ、オスカー様」

 オスカーの台詞を遮って、アンジェリークは珍しく相手の言葉を否定した。

「私も光合成をしてたので、お互いさまなんです」
「…は?」

 にっこりと笑ったアンジェリークに、オスカーはマヌケな疑問符を口にする。
 それを聞いていたゼフェルは、ざまあみろとばかりに大笑いをした。

「…つまり2人はデートじゃなくて、日向ぼっこをしにきてたと言うんだな」
「うるせーな。オッサンこそ何しに来たんだよ。俺はオッサンなんて呼んじゃいねーぞ」
「『オスカー様』だ。こんなハンサムガイを捕まえてオッサン呼ばわりとは、とうとう視力が悪くなったようだな、坊や」
「坊や言うなっつってんだろ!」
「はん」

 ようやく少し自分のペースを復活させたオスカーは、鼻で笑った。

「とにかく、もう日が暮れる。遅くなる前にお嬢ちゃんをちゃんと部屋まで送るんだぞ」
「んなの言われなくても分かってるよ。どっかのオッサンじゃあるまいしよー」
「…まったく、俺じゃなくてジュリアス様が来たらどうするつもりだったんだ」
「誰が来たって構うもんかよ。日の曜日に何しようがオレたちの勝手だろ」

 ゼフェルの台詞に呆れたようにオスカーが肩をすくめた。
 その行動一つ一つがゼフェルにとって苛立たしい。

「『オレたち』ね…。とにかく俺は今日はこのまま帰るから、くれぐれもお嬢ちゃんに危ないことはさせるんじゃないぞ」
「んなの分かってるっつってんだろーが!」

 オスカーは、そのまま愛馬に乗って、もと来た道を帰っていった。
 ゼフェルは最後まで子ども扱いされたことが気に入らない。
 だが、日が暮れてきたのも事実だし、大人しく帰ることにした。

「ちっ…最後に嫌な奴が来やがったが、…帰るか、アンジェリーク」
「はい」

 アンジェリークはマントのついた土を良くはらって、ゼフェルに返した。

「ゼフェル様、マントをありがとうございました」
「あ、ああ」

 だが、彼は受け取ったマントをつけようとしない。
 なんだか考え事をして、黙って動かずにいる。

「ゼフェル様?」
「…オメーって変わってるよな。オレの口の悪さにもへこたれずに いっつも笑顔でいるしよー、表情はコロコロ変わるしよー、
さっきみたいなおもしれー切り返しはするしよ…かと思ったらすげえ素直だし…なんつーか…その…見てて飽きないよな」
「?」

 アンジェリークは褒められているのは分かるのだが、どんな顔をしていいのか分からない。

「だからさ…またこーしてオメーと遊んでやってもいいぜ」

 その言葉が、次のデートの誘い文句だと分かってアンジェリークは嬉しそうに返事をした。

「はい! また誘ってくださいね!」

 ゼフェルはその笑顔を見て、今度は何を作ろうかと次の口実を考え始めたのだった。

END

†BACK†
†TOP†

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送