「…でだなー、よく見てろよ。こうして…それっ」
「きゃー。すごぉーい!!」

 2人は今、遠乗りの丘まで来ている。
 ゼフェルが器用に操縦する物体を、アンジェリークは手を叩いて喜んだ。
 彼が今回製作してのは、ラジコン型の模型飛行機であった。
 だが、もちろんただの模型ではない。
 この飛行機、 様々な色の飛行機雲を作るのである。

 遠乗りの丘に登ると、邪魔なものはすべて眼下にあるため、空を独占できる。
 この飛行都市で、空に一番近い場所であった。
 そこでゼフェルは飛行機を見事に旋回させて、青空のキャンバスに黄色の雲のリボンを結んだ。

「わぁ、ゼフェル様 すごいですね!」
「ま、まーな。このくらい、ちょろいもんだぜ」

 手放しの賞賛をもらって、彼は上得意である。
 アンジェリークの笑顔を独り占めしているという事実もまた、嬉しかった。

「文字だって書けるんだぜ」

 そう言って、今度はピンクの雲の筆で、『アンジェリーク』と器用と書き綴る。
 名前の持ち主は、両手を叩いて大はしゃぎである。
 雲がうっすらと大気に溶けてゆき、完全に消えてなくなってもまだ、彼女は自分の名前を名残惜しそうに見つづけた。

「オメーもやってみるか?」
「いいんですか!?」

 軽い気持ちで言ってみると、瞳を輝かせてアンジェリークは振り向く。
 お世辞でも何でもなく、心の底から楽しんでくれていることが分かって、ゼフェルは満たされる気持ちがする。

「ほら、渡すぞ」
「は、はい」

 だが初めて握るコントローラーは勝手がよく分からない。
 アンジェリーク号は、すぐに失速してしまった。

「あ、バカ! そのままじゃ落ちるぞ」
「えっ、あ、あ…」

 焦りも加わって、余計に上手くいかない。

「ちっ…」

 ゼフェルは軽く舌打ちすると、コントローラーを握るアンジェリークの手に自分の手を重ねた。
 途端に かああああっ、と真っ赤になる彼女だが、自分の手を覆うように握られているので、放す事も出来ない。

「いいか、こっちの左のがエンジン調節で、右のこっちが機首の角度なんだから、あとはこのレバーで翼の向きをこうしてだな…」

 そう説明しながら、彼女の指に操作の感覚を教え込む。
 アンジェリークは胸の動悸から意識を引き剥がすために、その指導を熱心に聞いた。
 けれど直接に触れる彼の指一本一本が、思っていた以上に節ばってゴツゴツしていて、嫌でも彼が男性であることを意識させる。

「もう覚えたかよ?」
「は、はい」

 蚊の鳴くような声でアンジェリークが返事をして初めて、ゼフェルは自分がとんでもなく彼女の近くにいることに気がついた。

「ほらよっ」
「ひゃんっ」

 途端に恥ずかしくなって、ゼフェルは乱暴に手を離した。
 アンジェリークは慌てて、コントローラーを握りなおす。
 そうしてまた操縦に集中をした。
 そんな彼女を横目で見て、ゼフェルはさっきまで握っていた彼女の白く小さな手の感触を思い出す。

「オメーの手って、小ちぇーなぁ」

 その台詞で、今度こそアンジェリーク号は墜落した。

□□□□□□

 墜落した飛行機を回収すると、2人は昼食にすることにした。
 今度はアンジェリークの出番である。
 が。

「あ…どうしよう…」
「あん? どーしたんだよ?」
「私ったら…お弁当のことばっかり考えて、シートを持ってくるのを忘れちゃいました…」

 アンジェリークはうなだれて答えた。
 昼食はバスケット中に入っているので、汚さずに広げることは可能だが、これでは自分達が座ることが出来ない。

「はぁ…シートねぇ…」
「ごめんなさい…」

 普段から草の上に寝転がるゼフェルには、どうでもいい事のように思えるが、彼女の気落ちのしようがすごいので、
「そのまま座れば」とも言いにくい。

「んじゃ、これ貸してやるよ」

 そう言うと、ゼフェルは己の肩からマントを取り外し、アンジェの足元に敷いた。

「そんな! ゼフェル様のマントが汚れてしまいます」
「別に構わねーよ。俺、しょっちゅーこのまま寝てるし」
「でも…」
「んだよ、直接座るのやなんだろ! つべこべ言ってねーでさっさと座れよ。俺ハラ減ったんだからさぁ…っ!!」

 好意が直接には彼女に伝わらなくて、ゼフェルは苛立った。
 こんなとき、どう言って伝えればいいのか分からなくて、余計に自分に苛立ちがつのる。
 自分は、他の守護聖たちのように言葉に器用ではないのだ。

「は、はい。あの…ゼフェル様…」
「ああ? まだ何か文句あんのかよ?」
「いえ、あの、ありがとうございます」

 その一言で、彼の苛立ちはどこかへ飛んでいってしまった。
 気持ちがいいほど遠い彼方へ。

「べ、別に持ってるから貸しただけじゃねーか。こっ、こんなんで礼なんか言うなよなー。 それより、ほらっ、メシにしよーぜ」
「はいっ」

 ゼフェルは どすん、と胡坐をかいて、内心楽しみにしていた彼女の手作り弁当を見た。

「すっげー…うまそーじゃん」
「お口に合うといいんですけど」

 蓋を開けたバスケットの中には綺麗に並べられた彩りの良いおかずで溢れるようだ。
 ゼフェルは目をチカチカさせながら、アスパラガスのベーコン巻をぱくりと食べた。
 コショウが効いて、ピリリとする。

「なかなか うめーぜ」
「良かった…」

 安心したように胸をなでおろすと、アンジェリークは彼のために冷たいお茶をついだ。

「あれ、これカレー味じゃん」

 驚いた顔で、ゼフェルが思わず声に出してしまう。
 アンジェリークはそれを見て、ふふっ、と笑った。

「オメーってトロいからさぁ、料理なんて出来んのかよって心配してたんだけど、結構やるじゃねーか」

 両頬いっぱいに詰めて、ほお張りながら彼は言う。
 そんな彼に、アンジェリークは極上の笑顔で返す。

「ありがとうございます」

 幸福感に満ちた、最高の昼食だった。

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