焦燥

豪華ではあるが悪趣味でない執務室で、一人の守護聖が極上のエスプレッソを飲んでいた。
天気の良い午後のことである。

「落ち着かぬ」

ゆったりと流れる時間に不釣合いな言葉である。
見事な金糸のような髪はゆるやかなウェーブを描き、その主の端正な顔をより引き立たせている。
首座の守護聖ジュリアスは、眉間に深く皺を刻みつつ軽く嘆息した。
薫り高く濃い目にいれたエスプレッソも、なぜだか今日は味気ない。

「・・・今日は来ないのだったな」

ドアに視線をやってから、期待している自分に気づき彼は己を叱咤する。
中立に試験を見届けるものが片方に心を掛けるなどあってはならぬことだ。

(―――何を考えている)

目を閉じれば、たおやかに微笑む一人の女王候補の姿が浮かぶ。
小さな花のような少女だった。
細い肩に突然重荷をかけられて、困惑しながらも決して微笑を絶やさない。
器用とは言い難かったが、一生懸命星を育成する姿は好感が持てた。
穏やかな瞳はいつもまっすぐに自分を見詰め返していた。
柔らかな光をつねに宿して。

「そなたと共にいると気持ちが穏やかになる」

ある日そう言った自分に、頬を染めながら微笑んでくれた。
彼女の名はアンジェリーク。
天使の名を持つ少女。

ジュリアスはもう一度軽いため息をついた。
今日は土の曜日。女王候補たちが育成の観察をしに研究院に行く日である。
もちろん育成はおやすみ。学習もない。
今は午後も回ってしまったからすでに部屋に戻って休んでいることだろう。
だから今日は会えない。
会えないのだ。

「・・・落ち着かぬ」

なぜこんなにも自分の胸中が穏やかでないのか、ジュリアスも薄々とは理由を知っていた。
偶然、庭園で昨日アンジェリークとばったり会ったのだ。その時彼女は一人ではなかった。
感性の教官セイランとデート中だったのである。

「やぁ。こんにちはジュリアス様。お一人とは珍しいですね」
「・・・そなたが一人でないのも珍しいな」

ジュリアスは、セイランの横でぺこりと頭を下げたアンジェリークに掛ける言葉を知らなかった。
そして彼女が自分を見た途端に狼狽したのを見て、心が波立つのも自覚した。

今、口を開けば彼女を非難してしまう。
自分勝手な感情のままに。

だから一瞥した後は一度も彼女を見ずにセイランとだけ話をする。

「お互いにマンネリ化した日常の脱却を試みた・・・ってところでしょうか。新たな発見があるといいですね。今後の生活の刺激になるような強烈なものが」

クスッと笑ったそのセイランの笑い方でさえジュリアスの神経に障った。
だがそれを露にするのを良しとしないジュリアスは渋面をして答える。

「それはそなたの心がけ次第だろう」
「なるほど・・・含蓄のあるお言葉をありがとうございます。と言いたいとこだけど、僕はよっぽど心掛けが良いようですよ。なかなか面白いものを発見しました」
「何だ?」

嫌な予感がしながらもジュリアスは聞いてみた。

「さっきから貴方はすごい形相で僕を見つめ、彼女には一向に視線をやらない。ほら、興味深い発見でしょう?」
「なっ・・・!」

思わず絶句したジュリアスを、セイランは愉快そうに笑った。
そして傷ついた顔をしていたアンジェリークの耳元に触れんばかりに口を近づけて、何かを囁く。
アンジェリークは赤面してジュリアスを見上げた。
ジュリアスは咄嗟にどうすればいいのか分からない。

「女性を見つづけるのは無礼だと思っただけだ!失礼する!!」

真っ赤な顔をしてそれだけ言うと、ジュリアスは逃げるように足早に庭園を去っていった。
背後からはセイランのわざとらしい嘆息が聞こえる。
ジュリアスは屈辱にも似た悔しさを感じながら、執務室に閉じこもってしまったのだった。

■■■

ジュリアスは待っていた。
アンジェリークが控えめにこのドアをノックして、申し訳なさそうな顔をしながら、昨日の事情を話しにやってくることを。
彼女の口から「誘われたからお断りできなくて」と己の潔白を主張してくれることを。

(――――「潔白」?)

ジュリアスはその単語に奇妙なひっかかりを憶えて、思案した。
女王試験の最中とは言え、息抜きは必要なことは自明の理であるし、またそれを一人で過ごさなければならないという規定はない。
また例えそれが息抜きではなく、一人の女性として感情に走って誰かと想いを通じさせるのも誉められることではないが罪ではないはずだ。

そうだ。
自分は別に彼女の女王候補としての自覚について苛立っているのではない。
セイランの無礼な態度に腹を立てているのでもない。

(・・・そうではない。私が聞きたいのは、お前の・・・)

気持ちが私だけのものである、と。

その言葉が聞きたいだけだ。


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