それは独占欲に酷似した感情だった。
だが檻に入れて誰の目にも触れさせぬように鍵をかけるわけではない。
逆に彼女を自由にさせておいて、なお自分だけを見るように、自分だけを想うように、他の誰も入り込む余地がないくらい彼女を征服したいだけだ。

彼女に愛されたいだけだ。

「・・・何を考えている」

先ほどから一向に進まない書類を睨みつけながら、ジュリアスは自問する。
己が立場をよくわきまえねばならない。
自分は首座の守護聖。守護聖たちの長である。
軽率な行動は控えねばならない。

よく分かっている。
分かっているはずだ。

ジュリアスは立ち上がると、窓辺に寄った。
ぼんやりとしているうちに時間は恐ろしいスピードで過ぎて行ったらしい。
美しい月が、くっきりと夜空に現れていた。

「だが、この不可解な気持ちを、どうすればいい・・・」

窓ガラスに映る整った眉目は、深々と苦悩を刻む。
金糸の髪は月光を反射して、柔らかな光を放つ。

外は夜。
空に月。

ジュリアスは思い立ったように、執務室を出た。
土の曜日、さらに夜の宮殿は人も少なく、ひっそりとしている。
普段は他の守護聖に会う回廊でも、さすがに誰ともすれ違わない。
好都合だ。
ジュリアスはそう思った。

「アンジェリーク、もう休んでしまったか?」

控えめにドア越しから声を掛けると、聞きなれた声で軽やかな返事が返ってきた。

「今宵の月は美しい。私と庭園でも散策してみないか」

理由などどうでも良かった。
ただ、目の前の少女と会う口実が欲しかっただけだ。
案の定、アンジェリークは驚いた顔をしたが、続いて「よろこんで」、と微笑んだ。
昨日の哀しそうな顔は、どこにもない。
ジュリアスは内心ほっとしつつ、少女を庭園に連れ出すことに成功した。

■■■

月光が彼女の栗色の髪を優しく照らし出す。
緩やかに微笑まれた唇も。
淡く染められた頬も。
幸せに満ちた瞳も。
すべて――――。

「お前の噂を良く聞く。頑張っているようだな」

こんな夜にさえ、気の聞いた台詞一つ言えない自分が恨めしかった。
けれど少女はそんな自分には気づかずに嬉しそうに微笑む。

「ありがとうございます。みなさんのおかげです」

いつだって感謝の気持ちを忘れない少女だった。
自分が隣を歩いているだけで、彼女は礼を言うくらいなのだ。
もう一人の女王候補からは「礼の言いすぎだ。もう少し堂々としろ」と注意していたが、ジュリアスはその謙虚さが好きだった。
アンジェリークの言葉一つ一つは、まるで音楽のように心地よい旋律となって胸に届く。
控えめだけれど確かに届く旋律である。

「何か困っていることはないか。嫌な思いもしてはいないか。何かあればすぐに私の所に来るがいい。試験以外のことでも力になろう」

ジュリアスが、まっすぐにアンジェリークの瞳を見てそう言った。
アンジェリークもまた視線を逸らすことなく見つめ返し、ゆっくりと微笑む。

「ありがとうございます、ジュリアス様。とても嬉しいです」
「・・・・・・」

名前を呼ばれた途端、ジュリアスの身体に微細な電流が走る。
―――心が、震える。

「・・・ジュリアス様?」

急に黙り込んだジュリアスを不思議に思って、アンジェリークは一歩彼に近づいた。

「っ!?」

ジュリアスは思わずその腕を引き寄せてしまった。
理性の歯止めが効く前の、一瞬の行動である。
が、自分の胸元にまで引き寄せておいて、ジュリアスはアンジェリークを抱きしめることが出来なかった。
遅ればせながら彼の自制心が律儀に働いて、その場でぴたりと止まってしまったのである。
まるでゼンマイが切れたブリキの人形のように、彼は固まった。
収拾がつかなくなった右手も、どうしたらいいのか分からずに、そのまま固定してしまっている。

「あ、あの・・・」

アンジェリークの瞬きをする音まで聞こえてくる距離である。
震える吐息もはっきりと聞こえる。
ジュリアスの額には、いつの間にか冷や汗がうっすらと滲んでいた。


【BACK】  【TOP】  【NEXT】


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送