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  「陛下!?」
「アンジェリーク!?」

前触れもなく現れた女王に、2人は声を揃えて驚きを示す。
名を呼ばれた女王は、にっこりと微笑んで彼らに歩み寄った。

「ごめんなさい。ロザリアに相談したいことがあって来てみたら、お話が聞こえちゃって・・・」

少女の仕草のように舌を出して、悪びれる風もなく謝るその姿は女王らしからぬが親しみが持てる気安さだ。
エルンストは多少緊張をしながらも、女王の無作法を許した。
動揺を隠すように、しきりに眼鏡に触れる。

「アンジェ・・・?」

ロザリアもアンジェリークの意図が分からずに戸惑うように彼女を見つめる。

「んもう、ロザリアったら本当に鈍感ね。他のところは完璧なのに、どうして恋愛に関してはこうも奥手なのかしら?」
「・・・大きなお世話だわ」

大仰にため息を吐く親友の台詞に、憮然としてロザリアは答える。
ロザリアは気づいていたのだ。女王の瞳が愉悦に満ちているのを。
(あれは面白がっている眼だわ・・・)
つまり自分は、あのお転婆な女王の暇つぶしにされそうなのである。

「女王候補時代もそうだったわよね。ほら、あの方から告白されたときなんてロザリアったらまじめな顔して『どういう意味かしら?』
なんて私に訊くんだもの・・・」
「アンジェッ!!」

さも可笑しそうにアンジェリークが笑い、ロザリアが真っ赤になって制止する。
その一方でエルンストは女王の台詞に青くなるのだった。
――――――ロザリアは美しい。
その魅力を知っているのは、自分だけではないだろう。
ましてや女王候補時代から一緒にいる守護聖達は自分よりもよく知っているはずである。
エルンストは、先ほどの告白の返事を聞きたかった。
だが女王の手前、返事を催促するようなことは出来ない。
そして何より、目の前で繰り広げられる女たちの会話に参加するほど彼には勇気がなかったのである。

「〜〜〜早く用件を言ってください、陛下。あまりふざけますと仕事を増やしますからね・・・!」
「わ、わかったわ・・・」

補佐官の容赦ない一言に、ようやく女王は顔を引きつらせながら本題に入る。
エルンストは、心の中でほっと息を吐いた。

「相談と言うのは、協力者の方たちにもうしばらく留まってもらったらどうかしら、と思って。新宇宙は完成したけど、あの子達が移り住むには
まだ準備が色々と必要でしょう?その準備が整うまでは聖地に滞在をしてもらって・・・最終的にはあの子達についていってもらえたら心強いと
思うの。ロザリアはどう思う?」

女王の提案は、エルンストにとって衝撃的な内容であった。
新宇宙への移住。
それは宇宙生成学を志したものにとっては夢のような出来事である。
あのエルンストでさえ、飛び上がって喜びたくなった。
だが、皮肉なことに宇宙を違えるということは、結局はロザリアと離れることを意味する。
それに気づいている彼は素直に喜べない。

「それは、わたくしも良いアイデアだと思いますわ。正直、彼女たちでは心もとない気がしておりましたもの」
「でしょう? それでね、この際、惑星間移動装置を開放しちゃわない? エルンストには定期的に報告に来てもらいたいし、レイチェルも聖地に
頻繁に来るだろうから・・・ね?」

ね、と可愛く首を傾けてお願いする女王である。
エルンストは数秒間沈黙したあとに口を開いた。

「…可能ですね。現在誕生したばかりの新宇宙なら空間を繋げるくらいのエネルギーはありますし、何より女王が2人いらっしゃればある程度の
無茶は利きます」
「――――主任の保証があるなら大丈夫でしょうけど・・・」

無茶って何・・・?と思ったロザリアだが、敢えて流すことにする。
なぜなら、エルンストの瞳が活き活きとしていて、とても反対するような雰囲気ではなかったからだ。
抑えた口調にも、彼のはやる心が感じられる。
普段冷静な彼が、隠し切れないほど高揚している。
それが、ロザリアには喜ばしいと思えた。その情熱に水を差すようなことは出来ないと思った。

それに。
女王はさらりと言ったが、レイチェルのことも気がかりだった。
負けん気の強そうな、元気で聡明な少女。
純粋で人との接し方が不器用な鋼の守護聖。
彼らの歩き始めたばかりの恋を無惨に引き裂くのはしのびなかった。

「レイチェルは補佐官になることを承諾したの?」
「うん。聖地に通うことが出来るのならばって条件出されたけどね。しっかりしてるわよ、あの子」

苦笑しながらも、女王は嬉しそうに答える。

「だからね、女王補佐官が恋をしちゃいけないってことはないのよ、ロザリア。前例がないだけ。禁じられてはいないの。それに仕事と恋愛は対立
するものではないわ。両立できるものよ。違う?」
「・・・そうかもしれないけれど・・・でもアンジェリーク・・・」
「女王の私が許しているのよ。これ以上何が気がかりなの? それから、エルンスト」
「はい」

突然お鉢が回ってきたエルンストは身を硬くした。

「ロザリアってたまに信じられないくらい鈍感だから苦労すると思うけど、頑張ってちょうだい」
「・・・はあ」
「だからって独り占めはさせないわよ。私だってロザリアのこと大好きなんだから」
「・・・覚えておきます」

苦笑いをしながら、エルンストは答えた。
ロザリアは複雑な表情で顔を赤くしている。
その顔を楽しそうに眺めて、女王はエルンストを下がらせた。

「応援してるわ」

最後に女王がくれた言葉が、嬉しかった。

***********

新宇宙女王の即位式は滞りなく終了し、傷心に沈んでいるかと思われたコレットだったが普段と変わらずに聖地での時間を過ごした。
女王試験が終わっても学ぶべきことは多く、守護聖や協力者のもとに通っている。
相変わらず穏やかな微笑み方をする少女だったが、女王に即位してからはそれに少し強さが加わったようである。

一方で、エルンストは告白した日以来、ロザリアからの返事を聞きそびれていた。
日ごろの彼女の接し方で、自分を好いていてくれてるのは確信していたが、はっきりと彼女の言葉で言って欲しかった。
だから、ある良く晴れた午後に彼女を森の湖に誘ったのだ。
飛沫が水の音とともに弾ける、その滝の横で、ロザリアの白くて細い手を取った。

「以前、私が言った答えを聞かせてください。私は貴方を愛してます・・・貴方はこの気持ちに応えてくださいますか?」

真っ赤になるロザリアである。
だが、エルンストは答えを聞くまではつかんだ手を離さない。

「答えてください、ロザリア様」
「・・・あの、わたくし・・・・・・」
「聞かせてください。貴方の言葉で」

ロザリアの唇から一言が滑り落ちると、エルンストはにっこりと笑ってそのまま自分の唇を重ねた。

「ありがとうございます。私もですよ・・・」

その台詞を聞いたとたん、ロザリアは恥ずかしさのあまり卒倒し、この後抱いて宮殿に帰ったエルンストは女王にたっぷりと説教をくらうのであった。
ロザリアが口付けになれるのは、これまたずっと先のお話し。
この間エルンストは、先の女王の激励の意味をかみ締める結果となるのだった。

**Fin**

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