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  その夜、新宇宙は惑星で満ちて完成した。
聖獣は変態し、額の宝石を雄雄しい角に変えて、翼は大きく優美な曲線を描いた。
紅玉の瞳は聡明さを増し、深い光を吸い込んで創造主を見つめる。
穏やかな瞳。

「アルフォンシア・・・」

アンジェリークは、鼻頭を摺り寄せてくる聖獣の首をそっと撫でた。
そして何度も何度も撫でてやる。

「今までありがとう。・・・これからも、よろしくね」

少女は瞳に光を宿し、目の前に広がる新宇宙を見据えてそう言った。

*******

「・・・完成したか・・・」

王立研究院では、一人の青年がモニターに映し出された数字を見て呟く。
今まで感知されていた2つのエネルギー体は1つに融合し、もはや見出すことはできない。
青年は一つ息を吐くと、手早く書類をまとめて席を立った。
その形のよい手の中には、一輪の花。
かすかな芳香が、彼の心を穏やかにしていた。

「失礼します」
「お待ちしてましたわ」

落ち着いたブルーを基調とした補佐官の執務室は、上品で好ましい。
エルンストは、いつもと変わらない仕草で、報告書を女王補佐官に手渡した。
ただ少しだけ違うのは、そのクリップに一輪の花が添えられていたことだ。
当然に補佐官はその花の存在に気づいて、目を細めた。

「綺麗な花ですわね。・・・私に?」
「はい。雪月と言います」

ロザリアは艶然と微笑んだ。
それだけで、エルンストは くらりとする。
心臓が、早鐘を打ち出した。

「先ほど新宇宙が完成しました。完成させたのはアンジェリーク・コレットです。聖獣も1つの生命体に融合し、エネルギー値は安定した
数字をはじき出しています」

エルンストが報告をしている間、ロザリアは報告書に目を通し数回うなずいた。
新宇宙は誕生したのだ。
少女の想いと、聖獣の想いを礎にして。
補佐官は、苦い思いを感じずにはいられなかった。

「ご苦労様。これはわたくしの方から陛下にお伝えします。・・・あなたはもう下がってよろしいですよ」

だが、エルンストは動かなかった。

「・・・ロザリア様・・・少しお時間をいただけますか」

ロザリアは、不思議そうな顔をする。
無理もない。
彼女にしてみれば、突拍子もない話なのだろうから。
そう思うと、エルンストは苦笑せざるを得なかった。
自分でさえ、この想いに気づくには少しばかり遅すぎた。

「この試験が終わっても、お傍にいさせて下さい。・・・貴女と・・・離れたくない・・・」

彼女が軽く息を呑む音が聞こえた。
大きな瞳はこれ以上ないほど広げられて、いまにもこぼれてしまいそうだ。

「あ、あの・・・それは・・・」

さすがに朴念仁の補佐官も、これほどはっきりと言われれば彼が何を言っているのかは察せられる。
ロザリアはなんと言って答えれば良いのか分からずに、黙ってしまった。
そんな彼女の仕草を見て、エルンストは今日のアンジェリークを思い出す。
あのとき彼女が寂しげに笑った理由も、分かる気がした。

「驚かせてすみません。ですが・・・試験が終了した今、私はもう地上に帰らなくていけない。その前に、私の正直な気持ちを貴女に
伝えたかった。こんなにも強い感情を私は知らなかった。貴女にお会いするまでは・・・」

エルンストはロザリアに歩み寄ることもせずに、じっと立ってロザリアの瞳を見つめている。
少しでも近づけば、そのまま触れてしまいそうだった。
触れることでは飽き足らず、その細い体を抱きしめてしまいそうだった。
悲鳴など出させる前に、己の唇で塞いでしまいそうだった。
―――だから、エルンストは近づくことも自分に禁じたのだ。
劣情で、この高潔な女性を汚すことがないように。

「貴女の微笑んだ優しい表情も好きです。凛とした表情も好きです。そして何より、貴女が驚いたときの少女のような表情が好きです。
貴女の何もかもが愛しくて仕方がない。・・・・・・貴女は私がお嫌いですか?」

ロザリアは首を横に振った。
その拍子に、彼女のつけている香りが広がり、エルンストの鼻をくすぐる。

「いいえ・・・いいえ、嫌いではないわ・・・でも、わたくしは補佐官ですもの・・・」

その言葉の意味するところは、エルンストにも分かった。
女王の親友である彼女は、女王を裏切れない。
補佐官の命を受けたときに、ロザリアは誓ったのだ。
この頼りない親友と共に生きていこう、と。
自分が女王の支えになるのだ、と。

ロザリアは、今、胸が痛いと感じる自分が解せなかった。
何が悲しいのだろう。
自分は恋が出来ないのだと再確認したから?
想いに答えることの出来ない彼が哀れだから?
それとも――――――自分の想いが行き場を無くしてしまったから?

その時、別の声が2人の耳に入ってきた。

「補佐官が恋をしちゃいけないなんて決まりはないわよ、ロザリア」

豊かな金の髪をなびかせて姿を表したのは、まだ少女の面影が残る女王陛下その人だった。

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