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アンジェリークが告白に失敗し、その場を立ち去った後も、エルンストはまだ森の湖に残っていた。 別名、「恋人達の湖」。 皮肉な名前だ、とエルンストは心のどこかで思う。 アンジェリークが帰っていった方向には、赤い薔薇の花びらが点々と落ちている。 小走りに駆けたせいだろう。 それはどこか、切なさの残滓のように見えた。 「あまりに忍びないですね…」 そう言って、この場に不釣合いなほど鮮烈な朱色の花びらを拾い上げる。 「・・・さようなら」 別れの台詞は、飛沫と共に拡散して消えていった。 生まれたての彼の地で、幸せになるように。 いつも 祈っています――――――――― 「良かった・・・まだ、おったんやな・・・・・・っ」 現れたのは、つい先ほど感動するほどのミスをしてくれた商人である。 「さっきは、かんにんな…俺、めっちゃ勘違いして・・・・・・ほんま、すみませんでした!」 商人が潔く頭を下げる。 「過ぎたことを言っても仕方ありませんからね。 次回の反省にして下されば、いいですよ」 それはエルンストの本心であった。 「許してくれはる?」 そう言って、商人が差し出したのはバラに良く似た一輪の花であった。 「これは?」 商人は、少し得意そうに「よくぞ聞いてくれました!」と答える。 「蒼色のインクを溶かし込んだ水を吸わせたんや」 植物の色素を持たない部位は、内部からの着色が可能である。 「美しいですね」 エルンストが礼を言って、ようやく商人も胸をなでおろした。 「ほな、これさっきの花束の代わりに つこぉてや。 ほんまに ごめんな。 ・・・・・・・あ、そうそう」 去り際に、商人は思い出したように付け足した。 「さっき来るときにロザリア様に会ってな、アンタを探してたで。 んで、俺、伝言を頼まれたんや」 ロザリアの名前を聞いて驚いた彼だったが、平静を装って聞き返す。 『一人の時に、この滝に向かって愛しい人のことを想うと・・・・・・』 「育成の報告が聞きたいから、新宇宙に惑星が満ちたらデータをもって執務室に来て欲しいそうや」 『・・・・・・その人が現れるって話ですよ?・・・・・・』 「――――――ありがとうございます」 商人の別れの挨拶に、心なしか嬉しそうにエルンストは目礼した。 けれど、そのどちらでもエルンストにとっては大した問題ではない。 「・・・戻りましょう」 雪月が、ふわりと揺れた。 ********** 同刻。 「アンジェー? どーしたの、さっきから騒がしいけど?」 ノックと同時にレイチェルはアンジェリークの部屋のドアを開けた。 「あ・・・レイチェル・・・ごめんね、うるさくて・・・もうちょっとで終るから・・・」 部屋の主は申し訳なさそうに謝るのだが、その格好がおかしい。 「ちょっと、アンジェってば、何してるの!? ・・・は? 準備? 何の?」 そういって、チェストから何点か取り出して両手を見比べてみる。 「やっぱり来たときより、荷物が増えちゃってるわ・・・・・・でもせっかく皆さまから頂いたものだし・・・」 レイチェルはドアに寄りかかった姿勢のまま、呆れた顔でアンジェリークに話し掛けた。 「アンジェ・・・今 片付けるのは無駄だと思うよ」 そこまで言って、アンジェリークはその小さな口もとに手を当てた。 「そ。 そこには、まだ なーんにも出来てないヨ。人が住める建物すらね。 移動するのは、それが出来てからじゃないの?」 文字通りうなだれて、アンジェリークはベッドサイドに腰掛けた。 「アナタらしくないね。詳しくは聞かないけど・・・・・・大丈夫?」 レイチェルは、そっとアンジェリークの頭を撫でた。 「・・・うん、大丈夫・・・大丈夫になると思う。でも、今日はまだ・・・ダメみたい・・・」 そのままレイチェルは、彼女が泣きやむまで ずっと頭をなで続けた。 |
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