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森の湖は、とても静かな場所であった。風で葉がこすれる音まで、耳に届くほどに。 今日は何故か鳥のさえずりも聞こえてこない。 いつもなら、あの大樹に寄り添いあう小鳥達と必ず会えるのに。 「……」 2人は到着したときから終始無言であった。 「…ははぁ…あの兄ちゃんのお相手は女王候補さんか。やっぱりなぁ…そら毎日通われたら惚れるってもんやろな」 それを遠目で見つけたのは商人である。 ―――――――現実は、違うのだが。 「あの感じ、まさに今から告白っちゅーところやろか。今から走れば間に合うかな?」 そう思って、商人が走り出した時、アンジェリークが思い切って口を開いた。 「エルンストさん…」 お互いの視線がぶつかって、アンジェリークは心臓が破裂するのではないかと本気で思った。 (アルフォンシアもそうだったのかしら…?) アンジェリークは、ふと思った。 アンジェリークは、小さく息を吸った。 「私、エルンストさんが好きなんです…」 滝の音にかき消されないように、頑張ってアンジェリークは声を出した。 「…あの…アンジェリーク…それは…つまり…」 突然の告白に面食らったのはエルンストである。 慌てた様子の彼に、アンジェリークは哀しそうな微笑をした。 「お待っとさーん!」 弾丸のように飛び込んできたのは、緑色の髪を振り乱した商人だった。 「え?え?…あの…商人さん…?」 突然の乱入者に2人が驚いたのは言うまでもない。 「はい。確かに届けたで」 アンジェリークが目を丸くしたのと同時に、エルンストは小さく声を出しそうになった。 「アンタの大事な人からのプレゼントや」 (早く消えてください…早く…今すぐに!) エルンストは切に祈った。 商人は、エルンストの方を向いて「バッチリやで!」とウインクしようと思ったのだが、それは叶わなかった。 「ほ、ほな、邪魔者は退散させてもらうわ…。 これ、サササービスにさせてもらうさかいお代はええよ…。じゃっ、女王候補さん、またなー」 そう言うと同時に、商人は逃げるように走り出す。 「あの…これ、もしかしてエルンストさんが…?」 商人が消えたあと、おずおずと、アンジェリークが聞いてきた。 「ええ。………あなたの女王ご即位のお祝いに。―――――――アンジェリーク、これが私の答えです」 そう言って、彼は眼鏡を押し上げた。 「あなたはきっと素晴らしい女王になるでしょう。その素質をお持ちです。アルフォンシアもあなたを慕っています。ですからどうか…新宇宙を正しく導いてください。私に出来るのは、その新宇宙の様子を、ここから観察するだけですが…あなたの幸せを祈っています。ずっと…」 真摯な瞳に見つめれて、なぜだかアンジェリークは心が軽くなっていくのを感じた。 それでも、大好きな人からもらった優しい言葉が嬉しい。 「ありがとうございます、エルンストさん」 だから、素直にお礼が言えた。 「お心をわずらわせてしまって、すみませんでした。でもこれで、気持ちの整理が出来ました」 そう言った彼女の笑顔は、普段のおっとりとしたものとは違い、強くて鮮やかなものだった。 「私…女王陛下のようになれるよう、新宇宙でも頑張りますね。アルフォンシアと一緒なら、頑張れると思うんです」 そうして2人は、今日初めて微笑みあった。 「もう、戻らないと…」 だがアンジェリークはエルンストの申出をやんわりと断った。 「エルンストさんご存知ですか?この森の湖の噂」 エルンストは、彼女の真意が掴めない。 「アンジェリーク、それはどういう…」 アンジェリークは大きくお辞儀をすると、そのまま花束を抱きしめて駆け出してしまった。 「噂だなんて…そんな信憑性のないものでも、あなたは信じるんですね」 小さくなっていく少女の後姿に向かって、エルンストは苦笑いをした。
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