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   いつものように、アルフォンシアは愛くるしい瞳でアンジェリークを迎えた。
 大粒の宝石のような赤い瞳。深い愛情を称えた優しい光。
 それを見た途端、とうとうアンジェリークは我慢できずに涙をこぼした。
 ぱたぱた、と水滴が落ちると、もはや止めることなど出来ずにそのまま泣き続ける。

「ずっと…ごめんね、アルフォンシア…ごめんね…ごめんなさい…」

 嗚咽に紛れて、切れ切れの謝罪の言葉を紡ぐ。
 両膝をついた。
 アルフォンシアはそんな彼女の傍に寄ると、鼻をアンジェリークの頬に摺り寄せた。慰める仕草だった。

「あなたがツライ思いをしてたのに・・・私・・・わたし・・・っ」
「…きゅうん…」

 切なそうな声で鳴いて、ぺろっと頬を舐める。
 長い尻尾が、ふうわりと彼女の首筋を撫でた。

「…なぐさめてくれるの…? 私…あなたに酷いことしたのに…」
「きゅう…きゅるう…」

 アンジェリークは、優しく撫でつづけてくれる聖獣を抱きしめた。
 しっとりとしたぬくもりを感じる。

「ありがとう、アルフォンシア…。でも、もう…もういいよ、我慢しなくていいの…ちゃんと望みを持っていいから…無理しなくていいから…っ
だからお願い、消えないで…っ!」

 それは願いだった。
 大切な貴方を失いたくない、と彼女の心が叫ぶのだ。
 小さな身体から、吹き上げる熱のように。

 魂からの希み ―――――――――

 だからアルフォンシアには分かる。彼女の言葉に偽りがないことを。
 これ以上の自分の行為は、ただ彼女を悲しませるだけだと。

「くぴ!」

 明るい声で、アルフォンシアは返事をした。
 美しい毛並みの尻尾を、ぴん、と上向きに立たせる。

「くぴくぴ。きゅるるんっ」
「分かってくれたのね…?」

 まっすぐに自分を見つめる聖獣に微笑んで、アンジェリークはその頬に口づけた。

「大好きよ、アルフォンシア…。だから、もう二度とこんなことはしないで…。私ためにしてくれるのは嬉しいけれど、私には同じくらい貴方が
大事なの…」 
「きゅきゅん!」

 アルフォンシアは、嬉しそうに尻尾を左右に大きく振ると、一声鳴いた。
 自分もアンジェリークが大好きだと、その仕草が語っていた。

「ありがとう。ねぇ、アルフォンシア…私これから告白してくるね…。貴方がせっかくここまでしてくれたんだもの…私も勇気を出してみる。
だから…ここで応援しててね」

 アンジェリークはそう言うと、優しくアルフォンシアの頭を撫でて立ち上がった。

*******

 時空の扉から帰ってきた彼女が、先刻よりもずっと落ち着いてたことにエルンストは軽い安堵を覚えた。

(どうなるかと思いましたが…どうやら杞憂に終わりましたね)

 これで新宇宙は愛らしい少女を女王に戴き、安定した発展を遂げていくだろう。
 そう思うと、エルンストの胸が興味に軽く跳ねて落ち着かなくなる。
 新世界の創造。それに立ち会うことが出来た自分の幸運を、何かに感謝したくさえなる。
 エルンストの研究員としての血が疼くのだ。

「エルンストさん…」

 ほっとした表情のエルンストとは対照的に、アンジェリークは緊張した面持ちで語りかけてきた。

「はい。どうかしましたか?」
「少し…これからお時間をいただけませんか…? お話したいことがあるんです…」

 エルンストは返事に困った。
 用事があるといえばある。
 これからロザリアに花束を渡すつもりでいた。注文もすでにしている。
 しかし…

「ええ。構いませんよ。場所を変えたほうが良さそうですね。…少し、歩きましょうか?」

 こんな顔をされて断れるほど、エルンストは非情になれなかった。
 小刻みに震える彼女の華奢な肩が視界に入って、どうすればいいのか分からなくなる。

 なんて言葉を掛ければいいのか?
 どう接すればいいのか?

 ――――――自分には、分からない…。

「はい。…あの…森の湖まで、いいですか?」

 森の湖…ここから歩いていったら、帰ってくる頃には日が暮れるだろう。

「はい。では、参りましょう」

 エルンストは、今日中のロザリアとの面会は諦めた。

********

 一方。

「…遅いっ!」

 公園では、早起きをした商人があちこち歩きながらエルンストを待っていた。

「なんや、こっちはせっかくバッチリ用意 出来とんのに、なんであの兄ちゃん来てくれへんのやろ。あーもーあかんって。せっかくの蕾が
開いてしまうやん。こうなりゃこっちから持ってったろか!」

 そう口にして初めて、商人は悪くないアイデアだと思った。そうだ、悪くない。
 にんまりと笑う。

「せや。きっとあの忙しい兄ちゃんのことやから、受け取りに来れへんのかもしれん。あるいは忙しすぎてすっかり忘れてるのかも知れん。
お客様のニーズに応えるのが客商売っちゅーもんや! うんうん。よっしゃ、そうと決まれば早よ仕度せな」

 彼はもう配達することに決めていた。即決即断。それが商売人の得意とするところだ。
 それがお客様の笑顔につながることならば尚更である。

(花束を用意するってことは、誰かと会うつもりだったっちゅーこっちゃ。ってことはデート…それともディナーか?)

 商人の推理は続く。

(デートだったら、めぼしい所を歩いてりゃきっと会えるし…ディナーだったらその時間までに渡せるんだから不都合はないはずや)

 よしよし。今日の俺は冴えてるで。
 満足そうに頷きながら彼は歩きつづける。

(デート中…ムード万点なところで薔薇の花束が急に送られてきたら…かあああっ、効果抜群やん!!)

 もう彼の思考を誰も止めることは出来ない。 

(これであの兄ちゃんの恋愛も成就。俺は恋のキューピッドや。 …キューピッド…!いい響きやん…)

 商人はあくまでも善意で、花束デリバリーを実行することにしたのである。

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