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「どこに行きましょうか?」

 アンジェリークが柔らかな髪をなびかせながら言った。
 そんな仕草さえティムカの目には眩しく映る。

「じゃあ迷いの森の近くまで行ってみませんか? 実は僕、すごく気になってたんです」
「あ、それ楽しそうですね! 行きましょう、ティムカさん!!」

 いたずらな提案に瞳を輝かせて賛成すると、アンジェリークはスカートをくるんと翻した。
 道中は好きなお菓子の話をして、その話題も尽きたら2人で しりとりをして遊ぶ。
 ようやく森が見え始めると、あの木まで競争しようと どちらともなく言い出して全速力で走った。
 ゴールに着くともう結果などどうでも良くなっていて、お互いに顔を見合わせて大声で笑いあう。
 何がそんなに楽しいのか分からないままに、しばらくは気持ちのままに笑い続けた。

 何もはばかることなく、思い切り走ったり笑ったりすることは、少年にとって久しぶりのことだった。
 あまりにも昔のことすぎて、いつ以来なのかはっきりと思い出せないほどだ。

(楽しい!)

 ティムカは汗で額にはり付いた前髪をかきあげて、大樹の根に腰を降ろす。
 大きく広がった枝葉のせいで地表にはあまり光が届かないためか、風がいつもより冷たくて気持ちよかった。
 商人からもらったキャラメルも柔らかい甘さで驚くほど美味しい。
 横を見れば、彼女が頬をバラ色に染めて微笑んでいる。

 幸せすぎて目眩がしそうな一瞬だった。

******

 それからしばらく一緒にお菓子を食べたり走り回った後、遊び疲れた彼らは同じ場所に座り込んだ。
 訪れる静寂。
 そしてティムカは静かな口調で語りだした。

「今日はどうもありがとう、アンジェリーク。とっても楽しかったです! あなたって本当に優しい人なんですね! 
あはっ、僕こんなにはしゃいだのは久しぶりで…ちょっと疲れちゃいました」

 そう言うと、少年は軽く息を吐いた。普段と同じ、大人びた表情で。
 満足した声色と、少量の憂いを帯びた眼差し。
 『子供ごっこ』の時間がもうすぐ終わることを、彼はよく分かっているのだ。

「でも僕、分かったんです。疲れたのは僕らしくないからじゃないかな、って。 すごく楽しかったけど、毎日こんな調子じゃ
クタクタになっちゃいます。だから僕は僕らしくあればそれで良いんだと今日気づきました。・・・ありがとう、アンジェリーク。
あなたのおかげです」

 するとアンジェリークは、小さくかぶりを振った。
 すっきりした表情だった。

「『…らしくない』って言葉、私苦手なんです。だって私も女王候補らしくないって言われてるから。でも最近は気にならなくなりました。
らしくなくたって女王候補なんですもの、なら、どんな女王候補だっていいんじゃないかな。私らしくていいんじゃないかなって」

 陽も傾いて、黄金色の光が彼女に降り注がれる。
 汗で少し濡れた髪からは、花のような香りがした。

「ティムカ様はティムカ様らしくしていれば それでいいんですよ」

 そう言って、アンジェリークは微笑んだ。
 ティムカは思わず抱きしめたくなる衝動を抑える。

 強く
 強く
 この両手で抱きしめて、貴方が何よりも大事だ と何度でも言いたくなる。
 貴方に逢えたことが どれだけの喜びを自分に与えたか、分かってもらえるまで きつく抱きしめたい。
 そんな衝動を、彼は必死で押さえた。

(―――――そんなこと、許されるわけがないのだから。)

「あの…アンジェリーク…?」

 いつの間にか黙ってしまっていたことに気がついて、ティムカはそっと隣の少女の名を呼んだ。
 返ってくるのは沈黙だけ。
 彼女を怒らせてしまったかと不安になって、そっと横を向くと、そこには穏やかに寝息を立てる彼女がいた。

 思わず苦笑して、少年はためらいがちに彼女の手を取って、指を絡ませる。

 ―――温かい、手。

 もう少しだけ、このままでいようとティムカは思った。

「アンジェリーク…僕は、あなたのために……」

 この台詞の続きは、もっと自分が大人になったら言うことにしよう。
 彼女の目を見て言えるくらい、自分に自信がついたら、自分の身分と共に何もかもを告げよう。

 でも今は。
 もう少し…そう、せめて一番星が輝きだす頃まではこの手を握っていようと思うティムカなのであった。

 

・END・

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