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  宮殿の長い廊下を走りつつ、俺はふと思った。

―――俺はどうして追いかけてるんだ?

「来る者拒まず、去る者追わず」が俺のポリシーだったはずだ。
ましてや逃げる女性を追いかけるだなんて、前代未聞だぜ。
おいおい、一体どうしちまったんだ、オスカー。
追い求めるほど、あのお嬢ちゃんに執着があるのか?

自問したって答えは出ない。

「どうかしてるぜ、まったく・・・」

視界の先で翻るお嬢ちゃんのスカートを見ながら、俺は訳も分からず走っていた。
まぁいい。
とにかく逃げる彼女を捕まえるのが先決だ。
逃げるから追うのであって、彼女を捕まえれば俺も追う必要がなくなるのだ。

「しかし一体どこまで走るつもりなんだ、あのお嬢ちゃんは。…ん? 待てよ…?」

相変わらず全力疾走の彼女に少々うんざりしてきた頃、俺はこの道は例の湖にしか繋がっていないことをようやく思い出した。
お子様たちがこぞって女王候補を誘う、「いわく」付きの場所だ。
俺は、笑いがこみ上げてくるのを必死で我慢した。

「偶然か、意図的か…どちらにせよ俺をここに誘い込むとは大したお嬢ちゃんだぜ」

目的地が分かると、俺は走るのをやめて今度はゆっくり歩いて森の湖に向かった。
軽く上がった息と鼓動を、少し静ませたかった。

***

―――いた。
お嬢ちゃんだ。

俺は確かに彼女がここに来ることは予想していたが、それでも彼女を見つけたときはぎょっとした。
飛沫の上がる滝壷の傍で、彼女は倒れていたからだ。

「お嬢ちゃん!」

慌てて駆け寄ると、うつ伏せになった彼女の顔は熟したトマトよりも赤かった。
羞恥の余り、耳まで染め上げられている。
どうやら走りつかれて休んでいただけらしい。

「なんでっ、…なんで追いかけてくるんですか、オスカー様!」

彼女は真っ赤な顔を野草にうずもらせたまま俺を激昂した。
その姿は駄々をこねてる子供のようで愛らしい。

「お嬢ちゃんが逃げるからさ」
「逃げてると分かってるなら、逃がしてあげるのが大人ってものでしょう!?」
「それは気づかなかったな。すまない」
「し、白々しい…!」

俺は苦笑しながら彼女の隣にひざまずいた。
濃い緑の香りがする。

「それじゃあ俺の質問に答えてくれ、お嬢ちゃん。 どうして逃げたんだ?」
「オスカー様が追いかけてくるからですよ」

そう言って、彼女は顔を背けてしまった。

「白々しいな」

俺はニヤリと笑って彼女の逃げ道をふさぐ。
立ち膝を崩して地面に座り、片腕に体重をかけると、相変わらずうつ伏せの彼女に覆い被さるようにして彼女との距離を縮めた。
俺の影が、彼女の体に乗った。

「さぁ、いい子だから素直に答えるんだ。 お嬢ちゃんは俺のことが嫌いなのか?」
「・・・違います」

不利な態勢になっても、彼女の言葉は明瞭だった。
俺はひとまず彼女の返事に安堵する。

「じゃあどうして逃げだしたりしたんだ? こう見えても俺は繊細でね。 お嬢ちゃんの態度にいたく傷ついたんだが」
「あ…ごめんなさい…。私そんなつもりじゃなかったんです。 ただあんまりにもビックリしたから思わず逃げちゃっただけで」

しおらしく謝る姿は、普段の彼女からは想像出来ないほど はかなかった。
強気の態度の裏に隠されてた、繊細なハート。それを垣間見た俺はドキリとする。

「そうかな? なにせお嬢ちゃんは俺のことを避けてるようだからな」
「それは誤解です!」

くるりと勢い良く体を反転すると、まともに俺と目があって…というよりは、まさに抱かれているような格好でいることに気づいて、彼女は慌ててまたうつ伏せになった。
表情を見るだけで考えがここまで分かる人間も珍しい。

「ただ、オスカー様と一緒にいると緊張しちゃうんです」

お嬢ちゃんの言葉は、まるで風に舞う花びらのように俺の心に届いた。

 

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