No Smoking ,Please |
「ねえ、煙草やめなよ」 牧野健太郎が、あたしの髪をくいっと引っ張った。 「あん?」 反動でアゴを上に向けながら、あたしは不遜な態度で振り返る。 「たばこ。やめた方がいいよ」 にっこりと健太郎ことケンタが笑った。コイツは年中笑顔の大安売りだ。無愛想のあたしとは対照的に。 「悪い。匂ったか?」 あたしは煙草を吸うが、ケンタは嫌煙家だ。だからあたしはコイツの前では吸わないようにしてる。 「んー、少しね。でもそれより俺は瑞希ちゃんの健康を心配してるんだよ」 ヤツの手がまだあたしの髪をもてあそんでいたので、それをふり払う。 「体に良くないよ。瑞希ちゃんは女の子なんだから特に。子供を産む人は体を大事にしなくちゃ。ね?」 あたしはそっけなく返した。 「でもでもっ、背が伸びないよ」 いきなり顔を近づけたケンタにびっくりして後ずさった。ああ、心臓に悪い。 「そうなの? いっつも、いい匂いがするのに」 心底不思議そうに首をかしげて、あたしを見る。 「ばか」 あたしの独り言はケンタには届かなかったみたいだった。 「とにかくさ、瑞希ちゃんの健康を損なう恐れがあるんだよ。寿命が縮むよ」 どうやら話を戻したみたいだ。今日はやけに頑張るじゃないか。 「いいんだ。長生きしたいとは思ってない。それで寿命が縮んでも、それが寿命だと思うから構わん」 ふふん、と不敵に笑ってやったら、途端にケンタの表情が曇った。 「そういうこと言わないでよ。俺、本当に瑞希ちゃんのこと心配してるのに。…早死にしてもいいとか言わないでよ…」 ものすごく哀しそうな顔をされて、あたしは反射的に謝ってしまった。 「じゃ、やめてくれるんだね?」 にぱっと笑ってケンタが言った。 「いや、でもやめられないし」 そうなのだ。あたしは別に煙草が好きなわけじゃないが、なんとなく咥えて、なんとなく吸ってしまうのだ。 「…口寂しいから?」 あたしがそう答えたら、ケンタはこれ以上ないってくらいニッコリ笑うと、目にも止まらぬ早わざで触れるだけのキスをした。 「ほら、これで解決」 前触れもなく唇を奪われて、あたしは当然怒った。 「恥を知れ! バカ野郎!!」 今までに、キスの後にこんな罵声を放った女なんていないだろう。 ケンタは殴られた勢いで…ではないが、その場にしゃがみこんだ。やや痛そうに左頬を押さえてあたしを上目遣いで見る。 「瑞希ちゃぁぁん…痛いよぉー」 殴ったんだから当然だ。痴れ者め。 「せっかくいい解決法だと思ったのになぁ。…俺には幸せを。瑞希ちゃんには健康を。ね?」 言いざまに、あたしはケンタのバランスの悪そうに曲げた膝を蹴ってやった。 「…っかしいなぁ。チュ−から恋が始まると思ったのに…。予定と違う……」 さすがにこのセリフには怒りより呆れの方が沸いた。 「世の女みんながケダモノを好きになると思うなよ」 人を欲求不満そうに言いやがって。 「ケダモノなんて、ひどい……」 二度とこんなとち狂った真似などしないように、ちゃんとトドメを刺しておこう。それが世のため、あたしのためだ。 ケンタは相変わらず、その長い足を抱えて座り込んでいる。 「ケンタ。最後に言い残すことはあるかい?」 あたしのセリフにケンタはすくっと立ち上がり、珍しく真顔になった。 「愛してる」 あたしは眩暈がした。 「――――――― 死ね」 これでもかってくらい弁慶の泣き所を蹴ってやり、あたしは痛みにうずくまるケンタに背を向けた。 「お前なんてキライだ」 間髪入れずにそんなセリフを返してくる。なんて自己中なヤツなんだ。許せん。 「お前が近づけないようにしばらくは煙草を吸いつづけてやる」 思わず笑いそうになってあたしは必死にこらえた。背中をみせてるから、きっとバレてはいないはずだ。 ケンタの計画どおりに進むのは癪だから、しばらくは怒った振りをしていよう。 「…犬になめられたとでも思うさ」 ヤツには聞こえないように呟いて、あたしは熱い頬を隠しながら、まだうずくまってるケンタを後にした。 |
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