納得しがたい出来事

 

  「ねぇ、お願い。分かって」

真奈美は半分は困って、もう半分は怒ったような口調で、先ほどから背中を向けている一紀に言った。
だが一紀は返事をしない。
出来るはずもない。
ここで認めてしまったら、今後の態度に大きく差障りが出てくるのだ。
彼は、今が重要なときなのだと肌で感じとっていた。
だから、簡単には譲れない。
例えどれだけ愛している真奈美のお願いだとしても、だ。

「今でも一紀のことが好きよ。その気持ちは変わらないわ。お願い最後まで話を聞いて」

彼女の温かな手が、一紀の肩に置かれた。
だがそれを受け入れることは出来ない。
一紀は無言で肩をひねり、その手を払った。拒絶の意思表示である。

「一紀っ!」

とうとう真奈美は声を荒げた。
もう、こんなやりとりは一週間も続いている。彼女としても限界だった。
なんとかして、この分からず屋を説得しなければならない。

「…もう僕は、一番じゃないんでしょ。尚の次なんて僕は嫌だ…」

一紀が、消えそうな細い声でぽそりと呟いた。
真奈美が慌てる。

「そんなことない!2人とも一番に好きよ。どっちがどうってわけじゃないの。言ったでしょ、今も一紀が大事なことに変わりないって」

その言葉は、冷たく一紀の胸に突き刺さった。
そんな都合のいいことが許されると思っているのか。

真奈美はある日突然いなくなり、数日後に自分より若い男と共に帰って来た。
これから仲良く一緒に暮らしましょう、とにっこり微笑んで。
それが悪夢の始まりだったのだ。

「これ以上、尚と一緒に住まなきゃならないなら、僕は出て行く!」

一紀は立ち上がった。真奈美は、はっとして一紀の腕を掴む。
そのまま腕を引き寄せ、彼女は一紀を抱きしめた。
真奈美の豊満な胸に、一紀の顔が沈んでいく。
思わず一紀は涙ぐんだ。
自分はやはり彼女が好きなのだと、痛感せざるを得なかった。

***

真奈美が、柔らかな優しい声で言う。

「ねぇ、一紀。もう一紀はお兄ちゃんになったんだから少しガマンしてね。尚はまだ赤ちゃんだからママが色々してあげなくちゃいけないのよ。でもママは一紀のことが大好きよ。いつだって大好きよ」

一紀は母親の胸の中で、こくんと小さくうなずいた。

END


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