女心教えます。

 

  ―――――――付き合いはじめて3ヵ月。まだ手も握ってない―――――

「はぁっ? なんだそりゃ? プラトンちゃんか貴様?」

昼時、とある大学の教室で一人の男が、素っ頓狂な声を出した。

「…うるさい。だから悩んでんじゃないか」

 それに苦虫を噛み潰した顔で答える同い年くらいの男がもう一人。
 眉間に皺を作って、昼食のメロンパンに噛み付いた。

「げえ。信じらんねぇ。悩むことないだろ。そんなのしのごの言わせずにだな、ガバッとやっちまえばいいんだよ。ガバッと」

 そしたら一発よ、がははははと男は笑った。

「悟ちゃんケダモノー。それってセクハラ通り越してゴウカンだよ。犯罪なんだよー」

 それまで黙ってオレンジジュースを飲んでいた女が苦笑して、悟と呼ばれた男を諌めた。

「なに行ってんだよ広瀬。こいつらはちゃんと付き合ってんだぜ?大学生の交際で今時プラトニックとはいただけん。
というか、むしろ頂け。喰らいつけ。女を黙らせる方法は昔から一つだ」

 そこまで一息に言うと、悟は自分の「いちご・オレ」を飲み干した。
 ずずずっと不快な音を立てながら紙パックをつぶす。
 外見・思想に反して嗜好は可愛いものらしい。

「遠藤…お前はもう喋んな。ごめんな、広瀬さん」

 沢田一は申し訳なさそうに広瀬に謝る。女性にしてみれば随分失礼な発言のはずだ。
 が、広瀬は意外と気にした様子もなく、いいよいいよ、と片手を振った。

「悟ちゃんのセクハラ発言にも慣れたよ」
「…そういうもん?」
「そういうもんよ。むしろハジメちゃんの反応の方がウブで生娘っぽいね。あら、お下品発言。ごめーん。あはははははっ」

 何がおかしいのか一にはさっぱり分からないが、広瀬は手を口に当てて大げさに笑った。

(恥ずかしくないんか、こいつらは…)

 一見した風ではそうも見えないのに、喋らせると昼間から深夜番組も顔負けの台詞を吐く。
 その傾向は沢田にとってはあまり喜ばしいものではなかったが、時と場合と相手をちゃんと選んで発言しているようなので
 あまりウルサク言うのはやめた。
 そもそも言って直るような奴らでもないのだ。

「…広瀬さん。俺、嫌われてんのかなぁ…」

 机に突っ伏すようにして、沢田は情けない声をあげた。
 彼とて、これが初めての交際ではない。それなりの経験は積んでいる。
 なのに、今回の相手は上手くリード出来ないのであった。

「ハジメちゃん。あのね、ぶっちゃけ話、女の子ってよっぽど嫌いじゃなければ手を握るくらいするよ?
友達の男の子相手でも出来ちゃうよ」
「…うん…」
「嫌悪感さえなければ女の子同士でもキスぐらい出来るし」
「!?」

未知との遭遇は沢田には衝撃が大きかった。

(女って…女って…みんなそうなのか? あのコも? っていうか、俺そんなに嫌われてる? 絶望的? うわああああっ)

「男にはまったく分からんな。野郎となんか少しでもくっつくと離れたくなるんだが…っておい、沢田?大丈夫か?俺の話聞いてる?」

 突っ伏したまま固まってしまった沢田の肩をつついて、悟は溜息を吐いた。

「だめだこりゃ。広瀬、最後まで言ってやれよ。出ないとコイツ今日にでも首くくる。もしくはコードレスバンジーかもしれん。
醤油瓶一気の可能性もあるんだが…とにかく何より俺が今、見てて忍びない」

 いつまでも潰した「いちご・オレ」のストローをがじがじと噛みながら、悟が苦笑いをして広瀬の意地悪を遠まわしに注意した。
 女の性根というものをこの男は少しは分かっているらしい。

「あちゃー。ごめんね、ハジメちゃん。言いたいのはそうじゃなくて、彼女が君と手も繋がない理由の考察なのだけれど
…単に恥ずかしがってるだけじゃない?」

 沢田の頭を撫でながら、あっさりと広瀬は言った。その口調は「明日の天気は雨じゃない?」と変わらないものだ。

「だって…広瀬さん、さっき『よっぽど嫌いじゃなければ手ぐらいつなぐ』って言った…」

  くぐもった声が沢田の交差された腕の隙間から発せられる。
 少し苛めすぎたかも、と広瀬は心の中で反省した。この友人がデリケートなのをもっと考慮すべきであった。

「阿呆が。その『よっぽど嫌いな奴』と付き合う女がどこにいるんだ? あ?」
「…付き合ってから嫌われた可能性だってあるだろ?」
「貴様、男のくせに情けない声を出すな」
「痛てっ」

 沢田は悟から軽く頭を小突かれてしまった。
 仕方なく上体を起こして、座り直す。

「…そうだねぇ…そんなにハジメちゃんが自分に自信がないのなら彼女に訊いてみたら? 『俺のこと好き?』って」

 広瀬だけが話を建設的な方向へと進めていく。だが、やはり男女の認識には多少の誤差があるらしい。

「うっわ、それはかなりカッコ悪いと俺は思う。少なくとも俺はそう思う。男がそんなこと訊くなんて俺的モノノフの思想に反する。
よって却下だ。却下。そんなに知りたきゃロールシャッハ・テストでも受けさせやがれ。箱庭診断までなら俺は許可する」
「悟ちゃんの許可はいらないの」

 広瀬はにべもない。

「でも俺もちょっとそれは…恥ずかしくてヤダな…」
「はああっ…男って面倒だよねー」

 控えめに沢田にまで却下されて、提案者はあからさまに溜息をついた。

「…ごめん」
「賛成しかねる。女の方が複雑怪奇で面倒だ」

 悟の発言に小さく沢田が頷いたが、広瀬は敢えてそれを無視した。

「あら、女の方が分かりやすいわよ? ハジメちゃん。知恵を一つ授けてあげましょー。
彼女に会った声をよく聞いてごらん? 声が普段より少し高めだったら、きっと彼女はハジメちゃんのこと好きだよ」

 にんまりと、広瀬が笑った。

「え? …それだけ?」
「そ。それだけ」
「なんだソレは」

 悟まで身を乗り出して訊いてきた。彼ら男性にとって納得しづらい話なのだから致し方ない。

「言葉どおりだよ、悟ちゃん。女って可愛いもんだよ。気持ちが外に出ちゃうんだもん。気持ちに嘘がつけないの。
あははっ。言ってて鳥肌立っちゃったー。キザすぎー。アタシ、かっこ良すぎじゃーん。あはははははは」

 言ってて照れたのか、ことさら大きな声で広瀬は笑って、オレンジジュースのパックをねじった。その拍子に柑橘の香りが3人の間に漂う。

「…お前、分かった?」
「いや、全然」

 二人、顔を見合わせる。その表情はどこか情けない。

「だあっ! めんどくせー。やっぱりアレだ。実行あるのみだ。ゆけ沢田!
イヤヨイヤヨも好きのうち。奇しくも今宵は新月で、闇に紛れりゃこれ幸い。
好きなあのコの手を引いて、熱いベーゼを一注ぎ。拒絶もろとも嚥下して、あとはテメエの好きにしな!」

 決まった…と悟がニヒルに笑うと、沢田はその額を思い切りデコピンした。

「いっ…痛いわハジメさん。何するの」
「うるさい。――――死ね」
「ぎゃー。沢田がキレたーっ!」
「はい、そこまで。二人とも目の前にこぉんな可愛い女の子がいるのに無視するなんて神経疑っちゃうよ?エリカ拗ねちゃうよ?
泣いちゃうよ?ってゆうか泣いちゃえっ、うええええん」

 幼子のように両目をこする仕草をしている彼女を見て、一人はげんなりし、もう一人は気にした風もなく
 歯型だらけになったストローをもてあそんだ。

「お前に泣かれてもねぇ…。も少し色気のあるオネーサンなら俺は色々と慰めてやるんだけど」

 『色々』を強調して悟が意味ありげに笑う。

「んもー。なんで悟ちゃんはすぐにソッチの方向に持っていきたがるかなー。ハジメちゃんの事だってね、ハジメちゃんは
『自分が嫌われてんじゃないか』っていう悩みなんだよ?別に食べたいわけじゃないの。悟ちゃん、そこらへんちゃんと分かってる?」
「へーへー。よーく存じ上げておりますですよ。あー…煙草吸いてぇ…」

 面倒くさそうに返事をして、悟は天井を仰いだ。
 どんなに噛んでもストローから煙草の味はしてこない。
 それでも条件反射のように悟はストローを前歯で噛みつづけていた。

「ちっとも分かってないじゃん。ばーか。あははは」

 広瀬の中でも、もう沢田の悩みから興味が薄れたようだ。
 しきりに奇麗にコーティングされた爪をいじり、甘皮を押し続けている。

「…ハジメちゃんもねぇ…あんまり女の子のご機嫌ばかり気にしてオドオドしちゃだめだよぉ…。
女の子は引っ張ってもらうのが好きなんだからー…」
「…ふうん。分かった」

 広瀬の甘皮が押されるたびに爪がぎしぎし音がなりそうで、沢田は彼女の助言など頭に入っていなかった。
 ただおざなりに返事を返しておく。

 話に一区切りついたので、沢田は昼食の残骸を捨てに席を立った。
 当然のように2人の残骸廃棄も頼まれる。

 朝から霧のように降っていた雨もいつの間にか上がっていたようだ。
 灰色の雲の薄い層から、光がにじみ出ていた。
 彼は一人廊下に出て、茶色の紙袋を鉄カゴに放り込むと、

「女って、ほんっとわかんねー…」

と雨上がりの空に向かって呟いたのだった。

 後日、沢田一がどのような行動をとったのか詳細を知る者はいない。
 だが、あの日以来、広瀬と悟に相談がなされなかったことだけは追記しておく。
 彼らの友情に、変化は、ない。

モドル

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