SCIENCE    Vol.4

 

「ふにゃぁっ!」
 すぐ真横にあったビルの屋上に潤は移動した。今の奇声は…ご想像通りとだけ言っておこう。
「あたたた…」
「ご、ごめん渚さん!」
 あわてて潤が手を差し伸べようとしたとき、横から一本のたくましい腕が生えた。いや、差し出された。
「ほれ、大丈夫かよ?」
 草薙何某の腕である。
 ムッとした潤が眉を寄せて晃を見たが、渚はそれに気づかずその手を取った。
「ててっ…ありがと」
 しっかりとその手につかまって、はにかみながら立ち上がる。
「しっかし、このぐらい出来んとは…呆れるのを通り越して尊敬してしまうぞ俺は」
 肩をすくめながら言う晃に、渚は頬を赤らめながら、
「やだ、そんなに誉めないでよ」
 照れるじゃない、と身をくねらせながら返した。相変わらずである。
「2人とも静かにしてくれない? あいつらに気づかれるからね」
 不機嫌そうに潤が注意した。
 どうも草薙が気にくわない。渚さんに馴れ馴れしくて。
 その悶々とした初めての感情―――嫉妬を抱きながら、潤は体を伏せて、鉄格子の間から見下ろした。2人が続く。
 そこでは先刻の男たちが向かい合って話していた。憤っていたためか、声が荒々しく、大声で怒鳴り散らしていたので容易に聞き取れた。

「くそっ!! またしても逃げられた! 母親が捕まったってのに自分は雲隠れなんてとんでもねーガキだ。――-畜生っ! また右月さんに
叱られる…今度こそクビだ…」
 わめくだけわめき散らすと、うなだれて彼らは去っていった。
「…おい、聴いてたか? 今の話」
 低い声で晃が潤に訊く。視線を凍らせたまま、少年は答える。
「聴いてないはずがないだろう。…お母さんがいると言っていた」
「そうだ。ところで右月って…」
「草薙」
 晃の問いを遮るように短く、潤は振り返って言った。
「なぜ逃がした? あいつらはあんた達を報告するだろう。 分かるだろ? 僕が言いたいことは」
 鋭い眼差しで晃に切り込む。
「でも、お前が笑いながら攻撃しているのが耐えらんなかった。 やっぱ人間なら、良心ってのがあるだろ。
だからお前に攻撃して欲しくなかったんだ」
(人は本来、他人を傷つけることが出来ないんだ)
(変な優越感に満ちたお前を見ていたくなかった)

「甘いよ、あんた」
 胸が、痛んだ。
 立っていられないほど強烈に、凶悪に潤のセリフは自分を裂いた。
「甘すぎる。聖人ぶってたら殺されるんだ…っ僕はあんた達に死んで欲しくない! そのぐらい…わかれよ…」
 絞り出した声。
 少年は泣き出していた。小さな肩を震わせて。
「潤くん」
 ふわっと甘い香りが彼を包んだ。
 あたたかい。
 渚に抱きしめられて、今度は声を上げて泣きはじめた。
 遠い昔のぬくもり。なつかしさ。
 どうしようもなく切なくなって、涙は止まらなかった。
「わるい」
 ぽんっと晃が潤の頭に手を置いた。なだめるように。
「でも、大丈夫だ。俺達は死なないよ」
 まだ、子供だったのだ。彼は。
 どこかで安心して、晃は優しく笑った。

 しばらくたって、潤が落ち着いた頃はもう陽は頭上まで昇ってきていた。
「なぁ、潤。 その研究所には何人ぐらい人がいる?」
 あの男達が言っていた『また逃がした』という言葉が晃は気にかかっていた。Sデパートを襲ったのも右月という人物の命令だろう。
 とすると敵陣へ乗り込むのも難しくなる。
「…多分10人前後」
「10、か…。あれで足りるな……」
 晃の呟きを、渚は聞き逃さなかった。
「何か買ってくるの? 私もお金出すわよ」
「いや、多分間に合うよ。 俺さ、ちょっくら買い物に行ってくっから、ソレのお守りしてて」
 と晃があごで潤を指した。潤がにらみ返す。
「それと…ごめんな。お前を事件に巻き込んじまった。 俺が第二惑星なんかに誘ったから…」
 瞳を伏せて、晃は唇を噛んだ。本当に申し訳なくて顔が見られない。
 そんな晃を見て、渚は自分の両頬をつねり、伸ばして、そのまま晃の顔に近づけ覗き込んだ。背伸びをして。
「晃君…ばぁーっ!」
「うわっ!? 渚、顔近づけすぎっ! …しかもなんだよその顔…」
 呼ばれて目を開けば渚の『顔面崩し』がドアップ。ここまで男扱いされないのはさすがに悲しい。晃は心中嘆いた。
「あは。あのね、晃君が責任感じることないよ。私はこうして楽しんでるし、潤君にも逢えたしね。こんな冒険、滅多にできないもの。
この冒険をプレゼントしてくれた晃君に私は感謝してる」
 そう言ってにこっと微笑むと、渚はガッツポーズを取った。
「がんばろうっ!」
 その細い片腕に、晃は自分の腕を交差させ、片手をひらひらと振りながら街へと向かった。

 晃は右月の名前は知っていた。名を右月綾子といい、天才と名声を浴び、社会から認められ始めた頃、失踪した科学者だ。
(あれ? 確か事故って…)
 その後、彼女は姿を消したのだった。

 

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