SCIENCE       Vol2

 

「うにゃっ!」
 着地と同時に悲鳴があがる。――――悲鳴とは判別しがたいものではあるが。
 ちなみに、この悲鳴の出所は某渚嬢である。彼女は見事に腰から落ちたのだ。
「ここは――――――…」
 周りの景色が一変していることに晃は気がついた。商店街の裏通りとは打って変わって公園のようである。
「見た通りさ。公園だよ。言っとくけど僕達が動いたんだからね。テレポーテーションさ。いくら無知でもこのぐらいは知ってるだろう?」
「ESP ―――――特殊能力者、か…」
 晃がひとりごちた。
 聞いたことはある。いまだ科学で証明されていない非科学的な能力。超能力と呼ばれ、その力の大きさはスプーン曲げから時間跳躍まで
幅広く、個人差がある。
 ついと視線をその謎の少年に移した。瞬間移動を、しかも多人数で出来るというのは、かなりの実力者である。
「まったく…あんた達のおかげで余計な手間とっちゃったじゃんか。分かった? 僕があそこにいても良かったワケ。
 僕は逃げなくても良かったんだ。お母さんを待っていられたんだ」
 あー、めんどくさいなー、やんなっちゃうなー、これだから凡人は困るんだよ、と顔面に書き、実に苛立たしげに彼は2人を責めた。
 親離れはとっくに過ぎたはずなのに、いやに怒っている。
(何だ、一体…?)
「あの…ごめんね。お母さんと離しちゃって。中枢管理システムにアクセスしようか? 人捜しなら一発だよ」
 渚が屈託のない笑顔で訊いた。この子の恐ろしさを分かっていないようだった。
「ふん。いいよ。僕が捜した方が早いし、完璧だからね。鉄くずに頼るまでもないよ」
「なんだと?」
 晃が身を乗り出した。
 人がおとなしくしているのをいいことに言いたい放題言いやがって。
 ふいに少年が晃に一瞥をくれた。歳に不相応な、鋭く冷たい眼差し。
――――――動けない。
 晃は背中に冷たいものを感じた。触れただけで爆発するような、そんな危機感。
 ふっと渚が晃の肩に手を置いた。怒りを静めるように厳かに、やさしく。
 晃は身を引いた。それと同時にその特殊能力者も背を向けて、両の掌をこめかみに当てて何か唱え始めた。

「あ…え…? いない……なんで、どうしていないのさ…」
 数秒の沈黙後、そんな言葉が聞こえてきた。晃と渚が顔を見合わせる。
「そんな…せっかく逃げてきたのに…。やっと逢えると思ったのに」
 視点が定まっていない。茫然と、まるで寝言のように少年は言葉をこぼした。
「おい、お前…」
 様子がおかしい。 
 【逃げてきた】? どこから?
 急な不安に襲われて晃が声をかけたときだった。
「潤だ。僕の名前は虹川潤(ニジカワ・ジュン)だ。……たぶん。あいつらはJN−28なんて呼ぶけど」
 遮るように潤と名乗ると、彼はうつむいてしまった。その視線を逃さぬように、渚がかがんで顔を見る。
「そう、潤君っていうの。素敵な名前ね。私は神楽渚。こちらのお兄さんは草薙晃君っていうの。
あのね、よければもう少し教えてくれないかな? 潤君はどこから逃げてきたの? あいつらって誰?」
 しずかな瞳で渚が訊いた。こんな幼い子が何に囚われていたというのか、と。

「……僕は町外れの研究所から逃げてきた。ESP研究所から…。僕たち能力者はある日突然に強制連行されたんだ。
 そして監禁されて、家に帰してもらえなくなった」
 苦い顔で潤はぽつぽつと話しなじめた。
「そこでは変な薬を飲まされたり、装置をつけさせられたりする」
「何ですぐに逃げなかったんだ? 簡単だろ、お前達には」
「もちろんやったさ。でもあいつらが考えなしだと思う? まがりなりにも研究者だよ? それで成功したら笑っちゃうよね。
 ESPの破壊力のすごさを一番に知ってる奴らが。…なぜかは知らないけど、そこじゃ僕らの力は最小にまで抑えられる。
 そうされたら、僕らは逃げるすべもない。――――ま、僕は天才だからうまく逃げてこられたけどね」
 べらべらと止まることを知らない潤の口は、お構いなしに悪態をつく。
「大変…だったのね。とにかくあなたのお母様を捜しましょう。私たちも手伝うから」
 じっと聞いていた渚がいきなり立ち上がると潤に手を差し伸べた。

(え?)

 その手にすぐに応じられずに、潤は信じられないものを見るように渚を仰ぎ見た。
「なんだ、どうした?」
 晃が不思議そうに振り返る。
「あんた達は僕が怖くないのか? 危険人物なんだぞ。 怪しげな能力はもってるし、研究者達のお尋ね者なのに…っ」
「そうね。でも潤君は普通の男の子だし、素直でよい子よ」
「だってもう怪しくないだろ。 お前の能力はESPだって分かったし、名前も知った。 お尋ね者なのはお前の責任じゃない。
 怖いかどうかと聞かれれば、お前は俺達に攻撃をしかけない程度には知恵があると俺は判断する。だから怖くない。
 ……まだ何かあるか?」
 前髪をかきあげながら、晃はいたずらっぽく笑った。ごく自然に。
 そんな仕草が嬉しくて、まぶしくて、潤はしばらくうつむいたあと、まだ出ている渚の手を取った。
「渚さんありがと。それと…草薙も」
 ぶっきらぼうに言って、照れ隠しをした。 涙腺に来るものを必死にこらえて。
「生意気っ! なんで呼び捨てされなきゃいけないんだよ、俺が! お兄さんだろ、お兄さんっ!!」
 吠えるように晃が怒鳴った。まったくもって可愛くない。
「名前じゃないだけ良しとしなよ。 晃でも僕は構わないんだからね」
「なにをおおおおぉぉっっ!!」
 じゃれる2人を見て、渚はつい笑ってしまった。
「2人とも仲良しさんね」
 この後、2人の突っ込みが彼女を集中攻撃したことは言うまでもない。

 

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