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  「い、…いや、いやぁ…っ…、やめて、おねがい…殺さないで……」

<獲物>は震えていた。
血と涙で顔を濡らし、必死に請いていた。

けれど狩衣姿の女は、刀を持ったままニッコリ笑って、歩み寄る。
身重の女が腰を抜かして、だが女から逃げようと身体を引きずるようにして後ずさる。

ガサッ。ガサッ。ガサッ。

「いや…いやぁ…っい、い、いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい いいやああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁっっっ」

ぐすっ、という音が聞こえた。
刀が血みどろの女の太腿に刺さっていた。
女が獣のような声を上げる。
聞いたものをぞっとさせる断末魔のそれだ。
男はたまらず耳をふさいだ。
耳をふさいでいる手が震える。
怖い。
怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

ガサッ。

月が雲に隠れた。
光が、追い立てられ 影が地面をなめて行く。
外気が、急に冷えた。
音もいつの間にか消えている。

恐る恐る男が両手を耳から離すと、ひゅう、という掠れた音が聴こえた。

男は、見たくないという意思とは反対に、頭を女の方向へ向けた。
―――――そこには、深紅の女がいた。
刀の柄にべっとりついた血を指で拭って、自分の唇にこすりつける。
そしてそれを、笑顔で舐めるのだ。

「馬鹿な娘…」

女が呟いた。

「逃げなければ、苦しまずにすんだのに。楽に逝かせてあげたのにね…」

女の声が、耳朶にぶつかって溶ける。
眩暈がした。
女の白い肌が、深紅に穢れていくさまは美しかった。
身体全身に震えが走るほどに。

恐怖が男の頭の中でがんがん響いて痛む。
筋肉がひきつって、痙攣している。

女が刀の柄を持ち直すと、肉塊の一番盛り上がったところを割いた。
どくどくと溢れる血の中に、今度は刀を突き刺して、頭上に掲げる。
胎児のようであった。

血が滴って女の顔に落ちる。
それはひどく冷たい絵のようで、男は無性に泣きたくなった。
月光に浮かび上がる女は確かに美しい。
美しいけれど――――嫌だった。
笑っている女が、男には理解できなかった。
すると急に女が歩み寄って、刀を振り捨てるとこちらを向いた。

ニイッという音が聞こえそうな笑い方だった。

肌が一気に粟立ったかと思うと、男は逃げ出した。
――――殺される。
月に照らされた獣道を、男は必死に駆けていったのだった。

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