高橋あずみ編

 

逢おうよ、って言われたとき、とうとう来たって思った。
メールのやりとりをするようになって3ヵ月。
ナンパみたいな誘いに二つ返事して、それから毎日、恋人になった気分でメールをしてる。
本当なら、あたし―――高橋あずみはそんなキャラクターじゃなかった。
少なくとも、今まで生きてきた19年の間は。

もっとずっと用心深くて慎重派。男の子と話すこと苦手で、とにかくオクテ。
だけど、そんなあたしでも文字での会話は別人みたいに饒舌になった。
メールのおしゃべりは好き。会話に出来ちゃう沈黙がないもの。
気まずい思いをしないもの。

だから、逢いたいって言われたとき嬉しかったけど、同時に「まずい」って思った。
だって、あたしは可愛くないもん。自分でもそれがよく判ってるから逢うのが嫌だった。
逢ったら、もうメールをしてもらえなくなると思った。
だから正直にそう言ったのに、彼は《そんなに俺は冷たい人間じゃないよ》って苦笑した。

―――そういうつもりで言ったんじゃないよ。誤解しないで。

《じゃあ、いいじゃん。逢おうよ。逢いたいよ》

―――じゃあ、逢ってもこれからもメールしてくれる?

この言葉が、彼の束縛になることに気づいても、それでも約束して欲しかった。
自分が可愛くないのはよく知ってるけど、思い知らされるのはつらいもの。

《当たり前じゃん。心配しすぎなんだよ、あずさは》

あの人があたしの2つめの名前を呼ぶ。本名は明かしてない。
でも、名前なんて記号みたいなものだから、本名じゃなくていいの。
あたしだって分かればいい。

―――じゃあ、いいよ。今度の日曜に会おうね。

《ほんと? じゃ、俺楽しみにしてんね。絶対来てよ》

あたしより一つ年上のはずなのに、彼は可愛い。あたしはくすっと笑った。

「はいはい…ちゃんと約束守ってよ?」

メールには打たずに、声に出してひとりごちる。
怖い気持ちより、嬉しいと感じてる自分に思わず苦笑した。

*********

せっかくの約束に日なのに、雨。ちょっと残念。
それに雨だと髪がうまくまとまってくれない。
お気に入りの洋服も濡れちゃう。んもう。…空を睨んでもどうにもなんないんだけどね。
それよりも、ふくれっつらなんて、ますますブスになっちゃう。
やっぱり第一印象を大切にしなきゃ。

…だけど、遅いな。どうしたんだろ?もう時間なのに。
…あたしが早く着いちゃっただけよね。うん。時計も、よく見れば1分前だし。

「……」

…5分過ぎちゃった。急な用事が出来たのかな。それとも事故でもあったのかな。
ああっ、なんか逃げ帰りたくなってきた。ずっと待ってるのは不安だよ…。
メールの一本くらいよこしてよ〜。

「!!」

突然、マナーモードにしてたケイタイが震えて、あたしはびくっとした。

《ごめん。少し遅れる。今どこにいるの?》

…やっぱり。でも、来てくれるのが分かって、あたしはすごくホッとした。

―――もう待ち合わせの場所にいるよ。待ってるから気をつけてきてね。

待ち合わせの場所っていうのは駅の改札前のこと。屋根の下だから濡れないけど、
行き過ぎる人がたくさんいるのに、あたしだけぽつんと立ってると寂しくなってくる。
JRの職員も、さっきからこっちを見てる気もするし…。落ち着かないや。
…あれ?またメールが来た。

《今駅前のコンビニの前なんだけど、あずさ出てきてよ》

駅前のコンビニ? でもコンビニは2件ある気が…。
とにかくあたしは駅前に出た。駅前のコンビニってここかな?

2件あるうちの大きくて目立つ方に来たけれど、それらしい人はいない。
コンビニの前にあるのは、連なって違法駐輪してる自転車だけ。
店の中にでもいるのかな?

…覗いてみたけどやっぱり違うみたい。
不安になって、あたしは自分から電話をかけてみた。

「お客さまのおかけになった電話番号は、現在電波の届かないところにいるか、電源を切っています…」

 …なにこれ。どういうこと?
どうしようもなくて、混乱しながらキョロキョロしてたら、今度は電話に着信が入った。

「もしもし?」

「もしもし?あずさ? 俺だけど…今どこ?」

「コンビニの前だよ。ねえ、どこにいるの?」

「ごめん。もうちょっと待って…」

「うん…」

通信が切れてからしばらくしてメールが来た。

《ごめん。行けなくなった》

……おいっ! だって、今話してたじゃないっ。
ってことは、どこかからあたしを見てたってこと? 
で、顔を見たら、はいさよなら、ってこと…だよね…。
ふざけんなっ!

思わず持っていたケイタイを地面に叩き落そうとして、ギリギリで思い直した。
…もったいない。

ああ、きっと今のあたしすごい顔してる。嫌だ嫌だ。早く帰りたい。
本当は地面を踏み鳴らして帰りたかったけど、あたしは必死にこらえて何気ない風を装って家に向かった。

くやしくて、くやしくて、騙したあの人より、
騙された自分がどうしようもなく情けなくて、馬鹿で腹立たしかった。

 **********

家に帰る途中にある公園で、か細い猫の鳴き声がした。

「あれ?」

よく見ると、几帳面そうに四角くカットされた垣根の前に濡れたダンボールが置いてあった。
中には、しっとりと濡れて震える仔猫が一匹。
声の主はこの仔猫だった。

「どうしたの、おまえ? ……捨てられちゃったの?」

お気に入りのスカートの裾を気にしながらしゃがみこむ。
カサの中に入れて、雨が入らないようにする。

「あたしと、おんなじ? ひとりなの?」

答えなんて訊かなくてもわかってる。

「お腹へってるの? 寒いの? …ああ、濡れちゃってるもんね。
お前の飼い主、ひどいね。こんな雨の中に捨てるなんて」

急にあたしはこの子に親近感がわいた。

「……ほんと、ひどいね…」

仔猫が小さく鳴いてこたえる。…かわいい。

「待ってな。今、あたしがそこの駅前で、たいやき買ってくるから!
…ってココじゃ濡れちゃうよね。 うーん…」

あたしはずるずるとダンボール箱を濡れないところに移動させた。

「とりあえず、ベンチの下に置いといてあげる。ちょっとはマシでしょ? すぐ戻るから、そこでいい子にして待ってなよ」

あたたかいもの、と考えてすぐに思い浮かんだのはなぜかタイヤキだった。
あの人を待ってる間ずっと視界に入ってたからかもしれない。
実はずっと気になってたし。
あたしは仔猫の好みなんて考えずに、自分の趣味でタイヤキ屋に向かった。
さっきまでのムカムカが少しだけ軽くなってた。

 ************

「あっ…」

ようやく目当てのタイヤキを買って、仔猫のところに戻ったら、人がいた。
カサのせいで気づかなかったんだ。

「え?」

横に無様に立ってるあたしを見たのは、あたしと同い年か上の男の人だった。
カサを持ってないみたいで、ぐっしょり濡れてるのに、仔猫を上着の中にいれて仔猫をあたためてた。

「こ、こんにちは」

「あ、どうも…」

声をかけたのはあたしの方だから、雰囲気であたしから挨拶する。変なの。
何やってんだろ、あたし。

「あの、そのこ、飼ってくれるんですか?」

「え、あ、いや…鳴き声が聞こえたから見てみただけで、今は何とも…」

「あ、そうなんですか」

濡れた髪を指で払って、彼は困ったような顔をした。
あ…優しそうな顔してる。

「君の方は? …それとも捨てた方?」

「いえ、私も同じでさっき見つけて、今たいやき買って来たんです。お腹すいてると思って」

茶色の袋をがさがさっと見せると、彼の胸の中の仔猫が鳴いた。

「あー、なるほど。優しいね。俺そこまで気が回んなかった。…もっとも、こんな濡れネズミじゃ店なんて入れないけど」

よく見ると、ずいぶん長い間雨の中にいたみたいで、服が重くて冷たそうだった。
今日は午後から雨って天気予報で言ってたのに、見てこなかったのかな。
寒さで白くなった彼の顔を見てたら、可哀相になった。

「あのっ…良かったら、たいやき食べます? 丁度二つ買ってきてるし、……甘いもの嫌いじゃなければですけど…」

言ってから、これって逆ナンパかな、なんてふと思った。

「え!?でも誰かにあげるために買ったんじゃないの?」

予想外の誘いに、彼は心底びっくりした顔をして、次に不思議そうな顔をした。
 うん、まあ普通はそう考えるよね。

「いえ、一つだけ買うのがカッコ悪かったから二つ買っただけなんで」

あたしは変なところに気を使う。タイヤキの数なんて誰も気にしないのに。

「このこに一匹は大きいだろうし」

「いいの?」

「ええ。どうぞ」

「ありがとう。なんか悪いね。初めて会ったのに」

ちょっとぎこちない笑顔で彼は言った。
たぶん、この人も今日は理由アリなんだろう。あたしは勝手に決めつけた。

「いいえ、そんな…気にしないで下さい」

温かいものは気持ちを柔らかくしてくれるのを、あたしは知っている。
それは、きっと誰にでも同じなんだろう。

「屋根のあるとこに行きませんか。花壇の向こうに屋根つきのベンチがありますから」

いつまでも雨の中に立たせるのが可哀相で私から提案する。

「あ、うん。そうしようか」

今思い出したみたいに、彼はうなずいた。
ようやく屋根の中に入って、あたしはカサをたたむ。

「はい。どうぞ」

「ありがとう」

「おチビちゃんにも。はい」

まだ温かいタイヤキを丸ごと一匹彼に渡して、仔猫にはあたしの分の尻尾をちぎってあげた。
さらに食べやすい大きさにして手のひらにのせる。
仔猫はざらざらの舌で舐めると、今度は一生懸命噛み始めた。

「…うまい」

やっぱりこの人、いい人だ。

「良かった。……カサ、持ってないんですか?」

話題がなくて、あたしはずぶ濡れの彼にアホな質問をした。

「ん。…正確には持ってたんだけど、人にやった」

なるほどね。盗まれるのとどっちがマヌケかな。
なんて性格の悪いことを考えながらも口は別なことを言う。

「優しいんですね」

「馬鹿なだけだよ。自分をふった女の子に優しくしたって、どーしようもないのに」

「ふられたんですか?」

思わず訊いてしまって、すぐに後悔した。無神経すぎる。

「そ。好きな人が出来たんだってさ。俺は別れたくなかったけどね。
しょうがないよな、こればっかりは。……そう言ったら、俺は『優しすぎるから』って泣きそうな顔された」

「…哀しいですね」

彼女はきっと何か言って欲しかったんだろう。自分に執着してる態度を取ってほしかったんじゃないかな。
あるいは、怒って欲しかった。
自分の身勝手さを責めてくれれば、少しは楽だったのかもしれない。
でも、この人はそれに気づかないで彼女の言葉を受け入れてしまった。
鈍感な人だと批難するのは簡単だけど、気づかない彼を哀しいと思う。
優しすぎて残酷かもしれない。

「あ、ごめん。変な話聞かせて。…やっぱ今の俺イケてないな。頭回んないみたいで。ごめんな。愚痴なんか言って」

「いいえ、そんなこと…あたしの今日も、似たようなもんなんで。お互いつらい一日ですね」

「そうなの?」

適当なフォローが見つからなくて、あたしは今日の出来事を話し始めた。

「…ずっとメールのやり取りのあった男の子がいて…『会いたい』って言われたんです。
あたし可愛くないから、やだって言ったんですけど、『そんなの関係ない』って言ってくれて」

「うん」

彼はじっと聞いてくれている。
でもそんなに真面目に聞くほどのもんじゃないよ。聞き流して。

「今日、待ち合わせして、ずっと待ってたんです。そしたらケータイに電話がかかってきて『ごめん、遅れる。今どこ?』って。
待ち合わせの場所だよ、って教えて、その後も待ってたんだけど全然来なくて。
…私から電話したら急に『行けなくなった』って」

「……ひでーな。遠くからそいつは一方的に見てたんだ」

彼はあたしが欲しい言葉を言ってくれる。

「うん。…雨の中待たせて、こんな仕打ちひどいですよね。そう思ったら悔しくて…
いいように騙された自分も情けなくて…。ばかだったなあ、って思います。
その人のこと好きになりかけてたから余計に。…あははっ…昨日まで舞い上がってた自分が許せないですね」

「でもそれは君が悪いわけじゃないじゃん。全面的にその男が悪いと思うな。最低だよ、そんな奴」

…あたしはズルイ。わざとこの人に言ってもらいたくてこんな話をしてる。

「うん。でもやっぱり、見抜けなかった自分も情けなくて。泣けてきますよ。男性不審になりそう…あはは」

「…かわいそうな一日だったね」

「お互いじゃないですか」

傷の舐めあいをしてる、可哀相なあたしたち。

「そうだなぁ…お互いかわいそうな一日だったねえ」

すると、仔猫が自己主張してるみたいに一声鳴いた。
そういや、この子も可哀相な一日だったんだっけ。

「…そうだな、お前もだ。偶然にも不幸な二人と一匹がここで巡り会ったわけだ」

彼も同じことを考えてたらしい。

「すごい偶然ですね」

「三文小説並みだね」

あ、この人笑うと目じりに皺ができるんだ。
笑いジワって人を優しく見せる。なんだかしみじみ思ってしまった。

「ここまで来ると、こいつだけでも救ってやりたいが…俺の親がネコ嫌いなんだよなぁ…」

「…あたしのところもペット禁止なんです。マンションだから」

「困ったね」

「はい…」

「このまま置いてったとして、誰か拾ってくれるかな?」

「どうでしょう…こんな雨じゃきっと外出してる人も少ないですし、期待できないです」

飼い主も、もうちょっと考えれば良かったのに。

「う〜ん、そうだよなぁ。しかも悪いことに明日も雨なんだよなぁ」

「……誰かに拾ってもらわないと死んじゃいますよね」

「だろうねえ。考えたくもないけど」

 …この人って本当にやさしい人なんだ。
あたしは軽いショックを受けた。
 あたしみたいな表面上の人間じゃなくて、素材からして100%優しさで出来てる。
偽善じゃなくて、こんな人がいるってことに、なぜかショックを受けてた。
 だから、普段なら言わないのに、あたしはつられたみたいにこんなことを言った。

「…あたし、この子が拾われるまで毎日ここに来ることにします。家には連れて行けないけど、ご飯なら持って来られるし」

「うん。俺もおんなじこと考えてた。それしか出来ないけど、それでもやらないよりずっといいと思う」

 やっぱりこの人ならそう言うだろうと思った。…なんか、分かりやすい人だな。

「それじゃ、この子どこに置きましょう?」

「とりあえず雨風の当らないところで、野良犬とかに襲われないとこだね。…あそこでいいんじゃない?」

彼の指差した先には穴の開いたアスレチックがあった。
幼稚園児が上るのには丁度いい高さの山。

「そうですね。そこなら寒くもないでしょうし。それじゃ、あの穴の中に入れときましょうね」

「うん。分かった。…また明日来るから。たいやき、ごちそうさん。俺、沢田一っていうんだ」

 あたしがカサをさして、彼が…サワダハジメ君がダンボールを猫ごとアスレチックの中に入れた。
 ダンボール箱は濡れていたせいで、簡単に曲げられたからなんだけど、乾いてたらきっと一苦労だったろうな。
ところで、自己紹介されたってことは、暗に名前を訊いてるのよね。

「あ…あたし、高橋あずみです」

 あたしの名前を訊くと彼は嬉しそうに笑った。

「よし、それじゃ、また明日ね。高橋さん」

明日…会えるのかな?
時間も何も指定してない。ただ、場所しか分からないのに、彼は「また明日ね」と言う。
ただのすれ違っただけの他人だったのに、名前で呼んでくれてる。
馴れ馴れしいとは思わなかった。少し強引だとは思うけど。
だけど。

「はい。…また明日」

約束にもならない挨拶を、あたしはなぜか返してた。
彼のペースに巻き込まれたのかもしれない。でも嫌じゃない。
そう。嫌じゃない。
にっこりと彼に笑って、メールのあの人と別れて正解だと思った。
そりゃ傷ついたけど、サワダ君に逢うためだったと事実を曲解してあたしは納得することにした。
………雨の日も、そう悪くない。

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