王女イザベラは、意思の強い乙女であった。
一度決めたらテコでも動かない。

彼女がまだ幼少の頃、狩りから帰った父親の獲物を抱きかかえて森へ逃げたことがあった。
ぐったりとした野兎を両手でしっかりと抱きしめ、穴倉に隠れたのである。
彼女はすぐに従者によって見つけられたが、野兎を放すように約束を取り付けるまで穴から出てこなかった。
幼い彼女は、一昼夜、暗くて狭い穴の中で父親と交渉したのである。
この噂は国中に広まり、王女の優しい人柄と、国王でさえも負かす頑固な気質が知れ渡ることになった。
<レヴェスタ>一の頑固者。
それがイザベラの代名詞となったのである。

「難儀なことだ・・・」

国王は深くため息をついた。
娘の気質は誰よりも自分が承知している。
下手に反対すると一人で城を抜け出すかもしれないのだ。
ならばいっそ手綱は握っておいた方がいい。
国王は諦めた。

「・・・仕方あるまい。もはやお前に何を言ってもきかぬだろう。お前の好きなようにするがいい。だが、一人では行かせぬぞ。必ず供を連れて行け。それが条件だ」
「わかりましたわ。ありがとう、お父様」

ようやく紅蓮の瞳を幾分和らげて、イザベラは微笑んだ。

「・・・ふん」

国王は、決まりが悪そうに横を向く。

「気をつけるのですよ」

その横で、王妃は、心配そうに眉を寄せた。
そして両手を広げて、一段下にいる娘を呼ぶと、ぎゅっと抱きしめる。
王妃としても、ようやく魔女の呪いが解けて災難から解放された途端に、最愛の娘を危険に晒さなくてはいけないのが辛かった。

「すぐに帰ってくるわ、お母さま」

そんな母の胸中を知ってるイザベラは、そっと母の頬にキスをする。
そして、相変わらず眉間に皺を寄せたままの父の頬にもキスをした。

「では、すぐに出発しますわね」

彼女はその言葉どおり、半時もしないうちに、供を2人連れて王宮から出発したのだった。

++++++++++++++++++++++

通称<クレアの森>に入った一行は、森の奥深くを目指して歩いていた。
歩いて…
歩いて…
歩いて…
なのにまだクレアの家は見つからない。

「おかしいわね」

森に入ってから3時間ほど経った頃、大きな岩に腰掛けて休んでいたイザベラは呟いた。
これほど歩けば、クレアの家を発見するなり森を抜けるなりしていい頃だ。
だが自分たちは相変わらず森の中でうろうろしている。

「道に迷ったのかしら…?」

すでに日は傾きかけている。
ただでさえ暗い森であるのに、夜になれば先が見えないどころか獣まで動き出すだろう。
旅に不慣れな彼女にとって相当な危険である。
イザベラはうっとうしそうに肩にかかる長い髪をはらった。

「エド、カイン、今日はもう進むのはやめましょう。野宿する準備をするわよ」
「お嬢様、このようなところでおやすみになるんですか?」

衛兵の一人でイザベラよりも5つも年上であるカインが心配そうに訊いてきた。
彼女の警護を任された以上は彼女を危険に晒すことは出来ない。
それに何より、こんな最悪な条件で一国の王女を寝泊りさせるのが忍びなかった。

「森から抜け出せないのだから仕方がないわ。大丈夫、蛇や蜘蛛くらいじゃわめかないわよ。さ、あなた達、火を起こせるように枯れた枝を集めてきてちょうだい」

王女は手馴れたように指示を出し、衛兵二人は彼女に言われるままに周辺から薪を集めはじめた。すると…

「ちょっとぉ、アンタ達ぃ、人の庭で何やってんのよぉ」

妙に間延びした幼い少女の声がした。

 

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