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母の疑問符に、イザベラは気づいた。

「なぁに、お母様どうしたの?」

王妃は困ったように微笑して、おっとりと口を開く。

「この方のお召し物に、西の大国<ノーヴァ>王国の紋章がありますわ」

つまりは王族出身者ということである。

「なに!?」
「それ本当? お母様!?」

国王は血の気が引く思いで聞き返し、娘は興奮気味に確認した。
―――王族だとすると、今後の外交に悪影響が出る。
―――王族なら身元を割り出すのが楽に出来る。
親子は瞬時に判断した。

「とにかく、その青年をベッドに寝かせよ。そして一切口外せぬように城の者に通達を出せ」
「それから誰かを<ノーヴァ>に使いに出して。この人の身元を秘密裏に調べて頂戴!」

去り際の従者に慌てて命令すると、イザベラは大きく息を吐いた。
(王子様だったんだ…)
2人の人間に手足を持たれて運ばれてゆく青年を複雑な心境で見送る。
言われてみれば、確かにのんびりした口調は上品と言えなくもなかった。
態度だって誠実だったし、求婚の仕方も格式にのっとっていて粗がなかった。
だから自分も二つ返事で受け入れたわけである。

「…やっぱり眠っちゃったのは私のせいなのかしら?」

あの時の接吻で、自分に残っていた毒が彼に回ってしまったのではないか。
イザベラは、深く眠りに落ちる直前の幸せそうな顔を思い出して、少し後悔した。
ビンタは2発で止めておけば良かった、と。

+++++++++++++++++++

<ノーヴァ>はイザベラの住む<レヴィスタ>国の西方に位置する大国である。
その大きさたるや<レヴィスタ>の2倍。経済格差となると、さらにその倍になる。
海に面した<ノーヴァ>は貿易で、<レヴィスタ>はその加工技術で国益を上げてきた。
となると当然に国交があり、その影響もないがしろに出来ないほど大きい。
だから国王は悩んでいた。

「まったく…面倒なことになったものだ」

娘を呪から解放してくれたことには感謝するが、新たに面倒を持ち込まれた国王は、ズキズキと痛む頭を押さえた。
<レヴィスタ>覚醒の噂はすぐに広まるだろう。
国民の生活を考えると、いつまでも伏せておくことはできない。
となると<ノーヴァ>の王子も公表せねばならないが、こちらの責任が追求されるのは火を見るより明らかである。
国王は、いっそあの青年を森の奥深くに捨ててきてしまおうか、と不穏なことを考える。

「お父様!」

かつかつと小気味よい靴音を立てて、イザベラが真っ直ぐ玉座に向かってきた。
紅玉の瞳は、相手を怯ませるほど強烈に前を見据えている。
国王は、一目で彼女が怒っていることに気づいた。

「どうした。お前はもう少し休んでいたほうが良いのではないか?」
「平気です。それより、あの人のことが分かりました」

<ノーヴァ>に遣らせた使いが戻ってきたらしい。
イザベラは短くその報告を伝えた。

「御名は リンドルム・エト・フォルス・ノーヴァ 。<ノーヴァ>の第3王子です。3日程前から
消息不明。…もっとも、よくあることらしくて、あまり心配されてないそうですが」

イザベラの良く通る声が、王室に響き渡る。
国王の隣にすわる王妃が、「それは幸いでしたわね」、と微笑んだ。
ちっともよくない、と国王は心中でぼやく。

「医者に診せたところ検査で毒物は検出されず。よって魔法の効力だと判断するそうです」
「分かった。もう良い」

国王は、もう下がるようにという仕草をしたが、イザベラは聞き入れなかった。

「ちっとも良くないわ!」
「イザベラ…」
「こんなのってないわ! 私を100年眠らせるだけでは足りないというの?冗談じゃない。
お父様、私、その魔女に会って今すぐ魔法をとくように直訴してきます!!」
「まぁ」

娘の突然の決意に、国王は眩暈がした。

「その魔女とは…つまりお前に魔法をかけた クレア・ウィッチ のことか…?」
「そうよ。会ってびしっと叱ってやらなきゃ私の気がすまないわ」
「だって危険じゃありませんの?」

王妃が至極まっとうな意見を述べる。

「そんなの構わないわ。それに誰かは行かなければならないはずよ。リンドルムの呪は解かなければならないもの。だったら私が行く。今度は私が呪をとく」
「…それもそうねぇ」
「こら、シェイラ……」

げんなりと国王は王妃をたしなめた。

 

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