七
翌朝。 冷たい川の水で顔を洗うと、二人に温かな麦飯の朝食が用意された。 「このようなもので恐縮ですが」 青蛇がかしこまって膳を運ぼうとする。 「いや、青蛇殿…どうぞお気遣いなく。朝飯までご馳走になって申し訳ないのだから」 そう言って、晴明が童たちがひしめきあう、にぎやかな部屋へ向かう。 「そんな晴明殿…どうぞ、こちらにご用意いたしますから」 慌ててその後姿を追った青蛇ではあったが、時すでに遅く、子供達は晴明を囲むように群がっていた。 「むむ…」 続いて入った博雅も、同じような目にあって、身動きがとれない。 「……困りましたなぁ」 あまり困っていない口調で、青蛇が苦笑いをした。内心は楽しくてしょうがない、という風情である。 「やれやれ…。では皆、一緒に朝飯にいたしましょう」 子供達の歓声に囲まれた、にぎやかな朝食となった。 ****** 「世話になりました」 博雅が、実直そうに腰を曲げて礼をする。身分に捕らわれない博雅らしかった。 「何のお力にもなれませんで」 そうして青蛇は晴明を見て、にっこりと微笑んだ。 「その時は、ぜひ晴明様もご一緒に。子供達が喜びます」 何を考えているのか分からない、相変わらずの微笑のまま、晴明がこたえる。 「では、失礼します」 そうして二人は山を降りていった。 「おい、晴明」 帰りの道中、博雅はふと思い出したように話し掛けた。 「お前が子供好きとは知らなかったぞ」 さもおかしそうに晴明は笑って答える。その含んだような微笑は肯定とも否定ともつかない。 「ああいう生き方もあるのだなぁ…」 博雅は、すっかり日が昇った空を見上げながら、しみじみと呟く。 「山奥で、人の役に立ち、子供達を養い、欲を持たずにひっそりと暮らす…奥ゆかしい方だなぁ、青蛇殿は」 晴明は、山に咲く八重桜を見遣りながら訊いた。 「当たり前ではないか」 さっぱり分からない博雅が、たまりかねて晴明の顔を覗き込む。 「28日後には分かるさ。お前も来るだろう?」 無骨な顔をこくんとうなずかせて、博雅は返事をする。 ********* そして晴明が予告した通り、その後一月は鬼の被害はなく、平穏とした日が過ぎて行った。 「来たか」 濡れ縁に円座を敷いて、その上にどっかりと博雅が座る。 「あの蛇の鬼のことだろう?」 博雅が拗ねたような口調で問い詰める。 「そうはいかぬよ」 博雅がそう言ったとき、屋敷の奥から音もなく、一人の女が瓶子と盃を運んできた。 「予定の時刻までは、まだ時間があるからさ。それまで酒でも飲もう」 いつの間にやら盃を持たされ、その盃に唐綾の女が酌をする。 「少し遠出になるからな。時も遅い。それまでに食事を済ませておいた方が良かろうよ」 そう言って、晴明は博雅に今からやることを説明し始めた。 |
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