二
「その方、思わず声に出して『よし、聞こう』と答えてしまったのですって」 優しい声音から、女が笑んでいるのが分かる。 「なぜです」 博雅が不思議そうに尋ねると、御簾越しに軽い嘆息が聞こえた。 「鬼が泣いていたからだそうですわ。たいそう哀しそうに泣いているので、哀れに思い、鬼の言うままに車につないでいた牛を一頭、その鬼に差し上げたとか」 そこまで言うと、女は扇を静かに開いた。 「博雅さま…私は考えてしまうのです。なぜその鬼は泣いていたのか。なぜ男を喰らわなかったのか。本当に鬼であったのか…と」 博雅が何と返せばよいか分からずに唸ると、御簾の向こうからふふっ、という笑い声が聞こえた。 *********** 「とまあ、こんな話を聞いたのだよ」 博雅は酒の入った杯を片手に、女から聞いた話を一部始終語った。 「それで?」 博雅が芸のない返し方をする。 「その話を聞かせるためだけに俺の屋敷に来たのか、ということだ」 涼やかな瞳を人なつこそうに細めて、男が博雅の杯に酒を注いだ。 「人を害してないなら俺のところへ来ることもないだろう。他にも何かあったのか」 舞い散る桜を眺めつつ、真っ白な頬をやや紅潮させて陰陽師の安倍晴明が言った。 「それよ。人を喰らわず牛だけさらうなら人でも出来る。だから俺は先月に聞いたこの話も、今日までお前には話さなかった」 冷やかされるからな、と小さく呟いた言葉を、晴明は聞こえないふりをした。 だが、そんな晴明を見ていない博雅は先を話し続けた。 「つまり、今話したのは一ヶ月前のことなのよ。そして今月もまた出たのだ。やはり同じ男らしくてな、今度は人の腕を喰ったらしいんだが…」 博雅も不審に思い、現場に行って詳しい話を聞いてみたが、聞けば聞くほど分からなくなってしまった。 |
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