十一
「さて…どうなさりたいですか」 「浅ましき身なれども、年端の行かぬ我が子のことを思いますれば、まだ未練がございます。願わくば、このまま安穏とした日々を過ごしたく 思いますが…ささがいる限りは無理でしょう。私は同じ過ちを繰り返してしまう…」 「では、ささを引き受けましょう」 あっさりと晴明が答えた。 「ささにはすでに話をしておきました。鴨川のほとりに住む鵜飼の知人が、お端下を探しております。ささの器量なら雇ってくれましょう」 そうして3人は、夜が空けるまでその場所で語り合って過ごした。 ********** 日が経った。 「これはまた…すごいな」 晴明を見つけるや否や、博雅はそんな言葉を言った。 「何がだ」 白い狩衣をゆったりと来た男が、柱に背をもたせて返事をする。 「お前のところの庭だよ。少しは手を入れんのか」 濡れ縁の晴明の横にいつものように円座を敷いて、その上に背筋正しく胡坐をかく。 「ふふん」 返事ではない返事を、晴明は返す。 「まぁ俺もこの庭は嫌いじゃないが、さっきなど危うく蝦蟇を踏みそうになった」 慌てて博雅が弁解して、同じように酒を飲んだ。 「今月は被害は出なかったな」 言葉が少なくても、会話は成立する。 「お前どうして ささだと分かったんだ?」 晴明が杯を横に置いて片膝を立て、その上に腕を乗せた。 「そもそもこの一連の騒動の起こる日からして おかしかったんだ。ほぼ等間隔で起きるが、とくにその日に発生する理由が分からない。 博雅が低く唸る。 「それに青蛇殿が言っていただろう。『結婚も出来る歳』だと。つまりは子を産める身体になったということさ」 博雅は両腕を組んで、感心したようにしきりに頷いている。 「俺にはよく分からんが、飢えているときに、食事を目の前にして見てるだけというのは相当に辛いものだろうよ。だが、それも親の愛情とやらで しんみりと博雅がつぶやき、あぶった茸を噛み締めた。 「だが、ささが素直に応じてくれたからな。さすがに俺の口から女の穢れまでは説明できぬ。助かったよ」 冗談まじりの口調で、晴明が杯を仰ぐ。 「だが何故ささは出て行こうとしなかったのだろうな。自分が食われそうになったことを知っていたのに」 博雅の疑問は、晴明にはお見通しであるらしい。 「分からん。教えてくれ、晴明」 博雅が、正直に白状した。 「難しくも何ともないさ。ただお互いに相手を愛しく思っていた。その呪が少し違っていたと言うだけの話よ」 晴明がにっこりと笑った。 「青蛇殿にかかっていたのは「親」という呪だ。ささにかかっていたのは「女」という呪だ。親に対応するのは『子』の呪であり、女に対応するのは 面白くなさそうに博雅は口を尖らせる。 「だが晴明、人の想いは強いということだけは分かったぞ」 庭の蜘蛛の巣が、風に吹かれてしなった。 「飲もう」 目の高さまで杯を上げると、二人は一気に杯を仰いだのだった。 了 *ありがとうございました* |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||