夜明け近く、松永から少し離れた如意の城の近くに、人目から逃れるように歩いている一行がいた。 一人の山伏が飛びぬけて背丈が高く、その他6人ほどがその山伏の後をついていく。 その他一行には、義経の妻、静御前が扮した稚児があり、 (こんなところで殿を自害させてはいけない) たとえ死ぬことが決定されていても、どこでどのように死ぬかは武士にとって大事なことである。 日がようやく昇り、周りが明るくなってきたころ、砂と渡し場が見えた。 「鎌倉殿から前々からご命令を受けていまして、何でも九朗判官殿が落ちのびてやってきているとか。 伊勢はこれを聞くと、憎たらしくて斬ってしまいたくなった。 「いったいこの中の誰が九朗判官殿だと貴方はおっしゃるんですか? 毒をたっぷりと含んだ物言いで弁慶が言うと、渡し守はたじろぎながらも義経を指差し、 「この稚児が怪しく思われます」 とだけ言った。すると、弁慶はいらだたしげに舌打ちし 「またですか…」 と呟き、見たこともないほど冷たい顔で義経に近づいて、 (弁慶……?) 痛みより、驚きのほうが大きくて、義経は目の前に立つ山伏を見上げた。 (だれ…だ? こんな弁慶、俺は知らない…) 続けざまに、弁慶は義経を殴りつけた。留め金が肌をひっかき、血が出ても彼は手を休めなかった。 「お前のために、至るところで人々に疑われるんですよ…」 弁慶の声は荒れてはいなかったが、その分凄みがあった。 「すべてお前のために…わかりますか大和坊? お前一人のために私たち皆が迷惑しています…」 (やめてくれ、弁慶…) これが弁慶の芝居であることぐらい、義経にも分かっていた。 (これがお前の本音なのだろうか……) 誰よりも信頼していたからこそ、痛みも大きかった。 「お前のせいですよ」 目に見えぬ言葉の刀で心を思い切り傷つけられ、義経は逃げ出したくなった。 (すまない…すまない弁慶…っ!!) 「やめてください。もう、もう結構ですよ…!!」 そこへ渡し守がようやく止めに入った。弁慶の右手がふいに止まる。 「『判官でない』と申されれば、こちらもそうかと思うのに、あれほど情け容赦なく打つとは、こっちのほうが辛い。 こうして、一行は六動寺を超え、那古の浦の林に着くことが出来た。 「殿…殿……」 忘れようとしても忘れられなくて、弁慶はひざまずいて義経の裾に縋りついて泣いた。 「いつまで…いつまで殿を庇うために主君を殴らなければならないのでしょう…。 顔を伏せて声を震わせた。義経が彼の肩にそっと手をかける。 「お前が、俺のために心を痛めてやってくれていることは分かってる。 (俺のせいなんだ…) 身勝手だと言うことは承知している。申し訳ないと思っている。 (それでも譲れないんだ…) 一生をかけて愛した人のためだから。それが破滅への道だろうと、歩まずにはいられない。 (ごめん、みんな……) 義経も黙り込んでしまい、静御前や伊勢も涙ぐんでしまうのだった。 義経の白い頬にはしる傷が、血でにじむ――――― |
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