五条橋にて
「貴公は…武士ですね……」 夜風が、2人の間を通り抜けた。ほの暗い闇に浮かぶのは、どちらも長身だ。 彼の手には笛ではなく、長刀。 「だとしたら、どうなる? お前は僧か? …その割にゃ物騒ないでたちだな」 男が、興味ありげに笑った。 「私は…武蔵坊弁慶。ここで刀千本狩りをしている者です。 良く通る張りのある声が、闇に響く。 「今宵までで九百九十九本かぁ…。すごいな、お前。強いんだな」 純粋な興味を両の瞳に宿して、彼は白布を思い切り投げ捨てた。 「刀を集めてどうする? 願掛けか!?」 「さて、どうでしょう。貴公は私と戦ってくれますか? それとも刀を私に渡してさっさと逃げ帰りますか?」 相手の問いかけを軽く受け流し、弁慶は人をくったように、いじわるく笑った。 「……いや、せっかく遭えたのだ。手合わせ願おう。俺の名は源九朗義経。左馬頭義朝の子だ」 義経と名乗った青年は、弁慶の頭一つ分ほど背が低かった。 義経が橋板をひらりひらりと飛び越えて弁慶へと近づく。 (速いな) 義経は、目の前で振られる棒さばきを見ながら冷静に観察していた。 (これをほうっておくのも、もったいない) そんな考えが、義経の頭に浮かんだ。 一方、当の弁慶は、ひらりひらりかわされて、少なからず驚いていた。 今までで一番の強敵だった。 「なあ、お前」 めまぐるしい攻防を一瞬止めて、義経が口を開いた。 「お前が勝ったら俺の刀をくれてやるが、俺が勝ったら何をくれる?」 少しの沈黙のあと、彼は答えた。 「私の命を」 「――――上等だな。承知した」 それだけ言うと、義経はまっすぐに走ってきた。 弁慶は思わず顔をそむけたため、反応が遅れる。 「勝負あったな」 弁慶の目の前で、息を飲むほどの美青年が嬉しそうに、ニヤリと笑った。 「参り…ました……」 ようやく構えていた姿勢を正し、武器を体の横に持って弁慶は頭を下げた。 「どうぞ、約束どおり私をお斬り捨てください」 顔を上げずに弁慶は続けた。その口調には、未練のかけらも感じられない。 もともと彼は刀千本狩りを達成したら死ぬつもりであった。 (……未練など、ないのですよ) 死ぬ理由が一つ増えただけだ。 「やだね。殺してなんかやらない」 頭上から、妙に幼い声が降ってきた。弁慶がようやく頭を上げる。 「俺と来い、弁慶。約束どおり、俺に命を預けて」 目が合った彼は、白い頬をかすかに上気させ、両目を生き生きと輝かせていた。 「お前を退屈させない面白いことがたくさん起こる。いや、起こすんだ、俺が。 熱っぽく語る義経を見て、弁慶は自分の胸のずっと奥が震えるのを感じた。 「今をときめく平家と剣を交えようとおっしゃるのですか……?」 (こんなにも、胸が疼くのはなぜだ…?) 目の前で不敵に笑う青年のせいなのか。 「そうだよ、弁慶。お前の命は俺がもらったんだ」 はむかう事など許さない、強い光を放つ両の瞳。それは透明で、自信にあふれていた。 「お言葉に、従います」 苦しみに喘いで、ようやく弁慶はそれだけ言った。 (私は…出会えたのですね。たった一人の――――) 唯一無二の人。自分の一生をかけられる運命の相手に。 |
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