−5−

「といういきさつ。分かった?」

のほほんとした顔をするのはラギーだ。
翌日の25日。本当に彼は由奈を訪れた。
けれど時間を考慮したのか、明るい昼に。
今日はルラという堕天使はいない。

今はラギーが話し終わったところだ。
なんとなく彼を部屋に入れてしまい、願い事を迫られ、仕方なく『感動が欲しい』と洩らしたことから始まった。
意地悪のつもりで言ってみると、案の定、彼は困った顔をした。
挙句の果てに唸りなじめた。
そんな彼を見て、可哀相に思ったので由奈はこう言ったのだ。
《あなた達の結婚までの道程を教えて》と。

(最ッ低な女ぁ…)

甘いロマンスを期待していた。
童話やメルヘンの物語のようなハッピー・エンド。
けれど。
気がつくべきだった。
堕天使の意味。失われた瞳。
癒えることのない傷をえぐるようなマネをしてしまった。

「…ごめっ…なさ…っ」

溢れる涙を必死にこらえて由奈は謝った。

「な、泣かないでよ由奈ちゃん…」

しどろもろどになりながら、あたふたとラギーは由奈をあやした。

「俺は勝手に話し出したんだから…」

ねっ? と懸命に笑わせようと試みている。
それが何だか可愛らしくて、つい由奈は笑ってしまった。

「あぁ良かった。女の子を泣かしたら、ルラに怒られちゃうよ」
「頭が上がらないのね」

少々皮肉げに言ってやった。
可愛くないのは自分でも分かってる。

「誰よりも大切な俺の奥さんだからね」

臆面もなく青年は言ってのける。

「大切…ね」

微かに呟いて、由奈はまた自分の中に入り込んだ。
自分を大切に思ってくれている人など、この世にいるのだろうか?

「いいなぁ…」

こぼしたセリフをラギーは聞き逃さなかった。

「何が? 由奈ちゃんも早く結婚したいの?」

どうやら違う意味でとらえたようだ。

「そーじゃなくて…」

軽く笑って回転イスを少し回す。

「そんなに大切にされてさ。―――――大切にしてくれる人なんていないもの。私には」

弱々しく微笑んでコーヒーで唇を湿らす。

(我ながら暗い奴…)

自己嫌悪に陥りながらも、しょうがないと思ってしまう自分がいる。
仲のいい友達も、今となってはライバルで、相手を蹴落とすことに躍起になっている。
妬み。卑下。優越感に劣等感。
大切とか大事とか、そんなキレイで生やさしい感情は捨てて、ただがむしゃらに、ひたすらに何かを求める。
そんな世界がいつの間にか出来てしまっていた。
脱走しようとすると、親や教師が押さえ込む。

『恥をかかせないで』
『私たちの顔に泥を塗る気?』
『名門校に入れば我々も鼻が高い』

(何のための高校進学なの…?)

「由奈ちゃん、君は大切にされてるよ。進学できるのだって、この一人部屋だって由奈ちゃんのためじゃないの?」

頭の中で絡み合っていた回路をプツンと切られたような気がした。

「物質面ではね。でも私、駒みたい。あの人たちのために踊らされてるわ」
「すべては君のためだよ。由奈ちゃんだって、自分のために高校にいくんでしょ?だからこうやって頑張ってるんでしょ?」
「……」

即答が出来ずに、由奈は黙ってしまった。

「大切かなんてね、失ってから気づいてちゃ遅すぎるんだよ」

ルラのことを言っているようだった。

「俺は分かってなかったのかもしれないね。俺より大切だったのに、傷つけてしまった。…いまさら思い知ったってしょうがないのにね」

大人びた作り笑いをする。
冬の濃い影を落として。

「あのさっ…」

向き直って由奈は話し掛けた。
どうしても、何か言ってやりたい。

「ラギーさんが思ってるよりルラさん、幸せだと思う。両目ないからって幸せまでなくしたわけじゃないよ。じゃなきゃあんな風に優しく笑えないもん。私そう思う」
「…」

「過去のミスが罪だとしても、自分でその罪を大きくしちゃいけないと思うの。いつまでも悔やんで自分を責めてたら、ルラさんにも失礼だと思うよ」

驚いた顔でラギーが由奈を見る。
こんな話、言うのも言われるのも初めてのことだ。

「私がルラさんだったら、好きな人と一緒にいられるだけで幸せだな。たとえ過去に何があっても…」

本当に?
言いながら由奈は自問した。
自分がそういったシチュエーションにおかれたとしても、そう言えただろうか。
(たぶん…)
変えようのない過去にはいつまでもしがみついていないだろう。
後悔はしない。
自分の悲劇に陶酔するような馬鹿じゃない。

「あ…ハハッ…今、嬉しくて泣くとこだった…」

前髪をかき分けて、サンタクロースは仰いだ。
こみ上げる想い。

「ありがとう」

真っ直ぐに由奈をみつめて、笑った。
今までの中で、一番幸せそうな笑顔だった。

「えっ…あの…っ」

急に照れくさくなって、由奈は言葉を続けた。

「見えないものをさっ…気づくのって、解るって難しいけどさ、それだけの価値はあるんだね」

(私こそ…アリガト)
今日は気持ちが軽くなった。素直になれた。
由奈はそれがとても嬉しかった。
≪感動≫よりも、≪感動できる心≫をもらった。
身体全体が温まるもの。
きっと、どこの教科書にも載っていない。

「由奈ちゃん、お礼がしたいんだ。俺が合図するまで目を閉じてて」

おもむろにラギーは立ち上がり、由奈の手を取った。
何も聞かずに彼女は言われたとおりに目を閉じる。
一瞬の浮遊感。

「いいよ。由奈ちゃん、見て」

すぐ隣からの声で目を開けると、自分達は宙に浮いていた。

「なっなな…っ」

すぐ足元でブロンドの髪をした子供達がボールをけって遊んでいる。

「ラギーさんここっ…!!」
「うん。オーストラリア」

こともなげにあっさりと彼は言った。
口許をほころばせて彼らを見つめている。

「?」

事態が把握できず、首をかしげる由奈を見てラギーは説明した。

「あのボールねぇ、俺が昨夜プレゼントしたんだよ」

にこにこしながら彼らの表情を追いかけている。

「俺ね、こうやって贈った後の子供達を見るのが好きなんだ。本ッ当に心から喜んでくれるでしょ?
そういう顔を見てるとね『あぁサンタになって良かったな』って思うんだ。…あ、もっと上昇しようか」

返事も待たずにラギーは彼女の手を引いて飛翔した。

「―――――きれい…」

ため息を誘う空の色をした海。
だいぶ高度が高く、小島が点となって見える。

「ね、絶景でしょ?」

こくんとうなずいて、彼女はまた異国の景色に見入った。
抜けるような青空と浅葱色の波。
永遠なくらい確かなものだ。

「ああ…なんだ、そっか」

しばらくの沈黙の後、由奈が放心状態で口を開いた。
異国の海の上で。

「わたし…スチュワーデスになるのが夢だったじゃんか」

それは遠い記憶。
幼い自分は外国に憧れていた。お姫様が大好きで、お城をいつも思い描いていた。
そして空を翔ける仕事があるって聞いてから、スチュワーデスになろうとしたのだ。
いろんなところを訪れて、いろんな人に会いたい。
そう思ったのだ。

「帰ろう、ラギーさん」
「え? もういいの?」

意外そうな顔で由奈を見た。

「うん。しっかりと心に刻み込んだから」

照れながら笑って、由奈また自分の部屋に戻ってきた。

「ありがとね」

すんなりと言葉が出た。彼の心遣いに。

「私、いろんな事あなたからもらったわ。大事なことも教えてもらった」
「何が由奈ちゃんにとって一番のプレゼントだった?」

優しい瞳でラギーが訊いた。

「…『夢』、かな。でも、もっといっぱい」

今度は即答できた。迷わずに。自信を持って。
(l高校は私の可能性を引き出すところだ。力を試すことなんだ)
自分なりの解答が出て嬉しかった。

「そろそろ帰らなくちゃ。ルラが淋しがってるし」

ラギーが窓に足掛ける。

「頑張ってね」
「そっちこそ。ね、住所教えてよ。合格したら手紙書くから」
「んーと…ハイ。届くのにかなり日にちかかるよ」
「かまわないよ。あ、それから二人に子供ができたら見せてね」
「!!」

意表をついた由奈の言葉に、ラギーは顔を赤くした。
(かわいいわねぇ…)
年上をつかまえておいて、それはないかもしれないが、由奈は心底そう思った。

「できれば女の子がいいかも」
「あのねぇっ…!」
「ごめんごめん。また来年も来てね」

耳まで赤く染め上げたラギーで由奈は遊んでいた。

「それじゃあ」
「うん、奥さんに宜しく言っておいて」
「うん」

奥さん、という呼ばれ方が嬉しかったのか、顔に満面の笑みをたたえ、彼は返事をした。

「また来年…っ」

雲へと上昇していく彼の背中を、見えなくなるまで見送った。
それから、彼女は窓をしめる。
さっきまで彼がいた部屋が急に淋しいものに思えた。

「よーし!!」

カップに残っていたコーヒーを飲み干し、由奈はノートを広げた。
来年笑って会えるように、今は頑張らなくちゃいけない。
けれど、今はもう彼女を締めつける苦しみはなかった。
むしろ張り切って、自分からやりたい気分だ。
先刻まで一緒にいた若いサンタクロースに感謝して、由奈は勉強をし始めた。
合格がゴールだと思っていたけれど、その先の本当の終着点が見えた気がする。

由奈はふと視線を外に向けた。
冬の空は暗くて重い。
けれど、そんな空とはうらはらに、由奈はこれからの毎日が楽しいものになるように思えてしょうがないのだった。

END

 

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