−4− 翌日。天上界の神殿は異様な雰囲気に包まれた。 「大罪ですわ! このような不祥事を起こし、ミカエル様の御力を使わせるとは。あの地へ行ったことでどれほど御力を消耗なさったことか…っ。 「ヴィーナスよ、そういきり立つな。全ては私が判断し、行ったことだ」 壇上で自分の横に立ち、憤る彼女を抑えようとミカエルはするのだが、彼女は耳を貸そうとしない。 「全ての原因はあの者たちにあるのです。その結果が貴方様のご判断であろうとも、原因を作ったあのものを戒めなければなりません」 毅然とその美しい瞳に怒りをやどしながら、彼女はミカエルの言葉を跳ね除けた。 「貴女がおっしゃる通りに俺は罰を受けましょう。逆らうつもりはありません。ただ、ルラは、彼女は何も罪を犯してはいない。 真っ直ぐにヴィーナスを見つめ、ラギーは懇願した。 (どんな形であれ、ルラを救えるなら…) どんな罰であっても彼は受ける覚悟でいた。 その強い視線を受けるに耐えかねて、ヴィーナスはついと顔をそむけた。 (あの天使が裁かれなければならないのよ) 面白くなさそうに彼女は視線をルラに移した。 自分はこんなにもあの方を恋い慕い、捧げ尽くしているというのに、あの方は振り向いてはくれなかった。 ふっとヴィーナスは隣のミカエルを見た。 全てはこの天使が悪いのだ。 不条理な怒りが彼女の四肢を駆け巡った。 「ルラよ」 神殿にソプラノが響く。 「私にはあなたにも咎があると思いますが」 名を呼ばれた彼女は、一段上にいるヴィーナスを見つめて返答した。 「おっしゃる通りです。ヴィーナス様。私はミカエル様に仕える天使でありながら、軽率な行動を取り、このような事態を招いてしまいました。 ルラの隣でやりとりを聞いていたラギーが突然声を張り上げた。 「俺が誘ったのがいけなかったんだ!」 叫ぶラギーにルラは穏やかに呼びかけた。 「それに応じた私がいけなかったのよ」 困ったような微笑をし、彼女はそう告げた。 「そんな…っ!」 返す言葉につまり、「でも…」とつなげようとしたとき、そのセリフは頭上からの声にかき消された。 「よく申しました。ついてはあなたを裁かねばなりません」 勝ち誇ったヴィーナスの笑みに、ルラはにっこりと笑った。 「では償いにあなたの両目を捧げなさい」 女神の冷酷な戒めに、双方の男は過敏に反応した。 「古来より天使の瞳は一個につき一つの奇跡を起こせるといいます。あなたのその目を、一つはミカエル様が今回削られた分の寿命を元に戻すことに 端正な唇の両端を吊り上げながら、厳かに女神は告げた。 「ヴィーナスよ」 青ざめた顔で、ミカエルはヴィーナスを見る。 「私は彼女の光を奪ってまで長生きしたいとは思わない。たかが2年だ。一千年の寿命のうちのたった2年で、そのようなことをする必要はない」 額にかかる亜麻色の前髪から瞳を覗かせ、静かに彼は否定した。 「ミカエル様、よくお考えになって下さいませ。貴方様を継ぐ方が現れるまで、この天上界は空白となるのですよ。 そこまで言って、彼女は一息入れた。冷たい光を双眸にやどし、言葉を続ける。 「貴方様のご感情だけで決められないのです。任された…これは業なのですから」 そのセリフだけで、大天使を黙らせるには充分だった。 「そしてあの歪みだけは、私たちの力は効が及ない。あれほどの穴が完全に閉じるまで、どれほどの時間がかかることでしょう。 ヴィーナスの理由はもっともだった。 「わかりました。私のような者の瞳でもよろしいのなら、捧げましょう」 静寂を破り、ルラが静かにそう告げた。 「なっ…!! だめだっ! もっと他の方法があるはずだよっ!!」 信じられないものを見るような目で、彼女のを振り返り見ると、その細い両肩をつかんだ。 「ヴィーナス様がおっしゃった通り、これしかないのよ。私なら平気。あの時、ミカエル様が来て下さらなかったら私たちは死んでいたんだもの。感謝して捧げるわ。 弱々しく微笑すると、ルラは両目から一粒ずつ涙を落とし、細い手で拭った。 「一筋の光が導くままに我は進む 暁の惑星の記憶を巡り さざめく波に溶け 奇跡を起こさんとすその両の瞳に祈りを捧げ 彼女の口から発せられる言葉が恐ろしい響きを持って聞こえて、ラギーは身をかがめ、ルラと視線を同じにして彼女を見た。 「ルラッ! やめろ!!」 抱きしめることも出来ずに、ただラギーは叫んだ。 「あ…」 彼女の瞼は降りたまま開かない。 「ルラ…」 悲痛な乾いた声が、振り絞られるようにラギーから発せられた。 「我は願わん 大天使ミカエル様の失われた御力を満たすことを 時空の狭間を越え次元の歪みをふさぐことを」 掌をかかげ、彼女が言ったとたん、その宝石は輝いて弾けた。 (…使われたからだ…) 呆然とミカエルはその一部始終を見て思った。 すらりとした両手を彼女がおろすと、ラギーがもう一度彼女の名を呼んだ。 「ルラ…」 名を呼ばれた彼女は大人びた笑みを浮かべながら、おそるおそる掌を青年の顔へ伸ばした。 「情けない声出さないで。貴方の表情、手にといるように分かっちゃうんだから」 ふっと苦笑して手を戻した。 「ヴィーナス様」 ヴィーナスは短く、彼女の償いを認めた。 「もうこれで償いは済んだでしょう。あなた方を解放します」 震える唇をやっと動かし、女神は言いざまに姿を消した。 「そんな!!」 叫んだのはラギーだった。 「俺はまだ罰せられていない」 どうしようもなく彼はうなだれ、顔を覆った。 「ルラよ」 残されたミカエルは穏やかにその名を呼び、彼女に歩み寄った。 「ありがとう。おまえをいつまでも私の傍においておきたいが、坊やがすごい眼でこちらを睨むのでな。できそうにない」 軽く苦笑し、いつもの変わらない口調でルラの髪をなでた。 「今までありがとうございました」 指に栗色の髪を絡ませ、静かにその髪の一房に口づけた。 「幸運を祈る」 さらに彼女の白頬に口づけをして、彼の大きな翼を広げようとしたとき 「俺がまだ残ってる」 低い声音で青年は言った。 「もう充分だ」 ため息まじりにミカエルは答えた。 「駄目だ! あんたはずるいっ…!! ―――いつもそうやって俺を子ども扱いしてかわす…そんなのは卑怯だ!!あんたは恩ばかり売って…っ…」 小さな嗚咽を漏らして、ラギーは言葉をぶつけた。 「ルラが好きなら、かっさらって傍に置いとけば良かったんだっ!!!」 激しく怒鳴るラギーを、ミカエルは一言であしらった。 「それなら…」 静かにミカエルが口を開いた。 「万死を尽くしてルラを守れ。これがお前の償いだ」 ラギーの胸に拳を叩きつけ、立ちすくむ彼に背を向けて 「…っのやろう…っ」 (言われなくたって…やってやるさ) もう一度うつむいて涙を拭うと、ラギーは彼女へと歩み寄った。 「ルラ」 もう声は震えていない。 「俺、ルラの手足となって君を助けるから、ルラも一生俺の傍にいてくれないかな」 過ちや償いといったもの全てを受け止めるから。 「私なんかでいいのなら」 今まで通りの微笑が返ってきた。 |
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