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「一殺多生、という言葉を知ってるか? 一人を犠牲にしても他の大勢を救う方が懸命だと言う意味だが・・・」 そこで息を吸って、隼人は落ち着き払った榊を見つめた。 「実際そのとおりだ。その男は死にたがっているし、お前はその男を殺すと言う。俺は何も咎められることはないし、 そう言って、隼人は口もとだけで笑って見せた。 「う、撃つ気か!? 下手すりゃこいつも死ぬぞ?」 必死の抵抗だった。見守っていた客達が、だんだんその男を哀れに思えてくるほどである。 「何を言っている」 巻きつけている腕から、声帯の振動が男に伝わった。 「お前がとっさに俺を盾にしたから俺は撃たれたんだ。お前が俺を殺したんだよ」 耐え切れなくなって、男がその場に泣き崩れた。 「オートマチックのトカレフね…。こんな玩具手に入れたぐらいでイキがるなよ、ぼーや」 そう言って、弾倉を取り出し、銃弾をばらばらと床に落として、男に向かって引金を引いた。 「チェックメイト」 なんてね。と榊がいたずらっぽく笑う。 「正義の味方なんかじゃなくて残念だったな」 隼人がニカッと笑って言った。男と、もう一人、榊に対して。 「逃げるぞ、榊。俺たちも銃刀法違反で捕まっちまう」 即座に理解した榊が、何を思ったかM586を手に取ると、そのトリガーを引いた。 「すみません。でも大丈夫です。これ、ただのモデルガンですから」 ――――――――――え? 「こいつはただのモデルガン。でも良く出来てるだろ? 撮影用のだから、見た目もそっくりでね」 いつまで本物だと騙せるか楽しみにしてたんだけどな、と榊はわざとらしくため息をついて、ぽんと隼人の頭に手を置いた。 「今ごろビビってんのか?」 榊が心底嬉しそうに笑って、マドンナへと歩み寄った。 「大丈夫かい?」 涙のつたった白い頬を、男の指がそっと拭う。 「おわびにワインでもおごろうか」 誘うように蟲惑的に微笑して、媚びるような熱っぽい眼差しを榊に絡みつかせる。 「君の望むとおりに」 その直後、サイレンが鳴き止んで、大勢の警官が足音を響かせて入ってきた。 「外で待ってる」 榊が隼人を促して、どさくさに紛れて店から出る。 「あの女の子、良かったのか? お前 まんざらでもなさそうだったけど」 車体にその高身長の身体を寄りかからせて男がもう一人の影を茶化した。 「―――――――電話番号、教えてくれた…」 煙草をくわえて、男はライターに火をともした。ぼう、と灯火が一瞬だけ暗闇を明るくする。 「榊はあの女と?」 隼人が噛み付くように言った。 「お前が決めればいい」 黒い空間に白い煙をくゆらせて、男の影がゆらりと揺れた。 「いくつだって方法はある。それを選択する権利があって、その責任を負うのが自分なんだから、どうやるかはお前が決めればいいんだ」 いつもと違う男の様子に、隼人はゆっくりと目をみはった。 「大学に行きたきゃ行かせてやるし、働きたいなら独立させてやる。遠慮なんかしないで、自分のやりたいようにやれ。 それが大人の世界か――――――。 そこに、ハイヒールの足音が割り込んだ。 「ごめんなさい。あの刑事さん、しつこいんですもの」 女を惑わす微笑で、男は走ってきたマドンナのために助手席のドアを開けると、丁寧に一礼した。 「すてきね」 嬉しそうに榊は隼人に別れを告げると、さっさと優雅な仕草で運転席に乗り込んだ。 |
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