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「一殺多生、という言葉を知ってるか? 一人を犠牲にしても他の大勢を救う方が懸命だと言う意味だが・・・」

そこで息を吸って、隼人は落ち着き払った榊を見つめた。

「実際そのとおりだ。その男は死にたがっているし、お前はその男を殺すと言う。俺は何も咎められることはないし、
他のみんなが助かる。何も問題はない」

そう言って、隼人は口もとだけで笑って見せた。

「う、撃つ気か!? 下手すりゃこいつも死ぬぞ?」

必死の抵抗だった。見守っていた客達が、だんだんその男を哀れに思えてくるほどである。

「何を言っている」

巻きつけている腕から、声帯の振動が男に伝わった。
榊が発した声だ。低いテナーは憎らしいほど落ち着いている。

「お前がとっさに俺を盾にしたから俺は撃たれたんだ。お前が俺を殺したんだよ」
「う、う、う・・・うわあああああああっっっ!!!」

耐え切れなくなって、男がその場に泣き崩れた。
もはや歯向かう気もなかった。
ナーバスになっていたところを2人の男にグサグサをやられて、男の神経はいまやズタボロだった。
榊は男の腕を振りほどくと、もう一方の手から拳銃を奪い取る。

「オートマチックのトカレフね…。こんな玩具手に入れたぐらいでイキがるなよ、ぼーや」

そう言って、弾倉を取り出し、銃弾をばらばらと床に落として、男に向かって引金を引いた。
カチン、と軽くスライドが音を立てる。

「チェックメイト」

なんてね。と榊がいたずらっぽく笑う。

「正義の味方なんかじゃなくて残念だったな」

隼人がニカッと笑って言った。男と、もう一人、榊に対して。
榊がその整った眉を寄せて、隼人の言葉に反論しようとした刹那。
かすかなパトカーのサイレンが聴こえてきた。こちらに向かってきているのは明らかだ。
――――――どんどん近づいてくる。
隼人も気がついて、ぎょっとした。その手にはS&W M586。リボルバーの王者が握られている。

「逃げるぞ、榊。俺たちも銃刀法違反で捕まっちまう」

即座に理解した榊が、何を思ったかM586を手に取ると、そのトリガーを引いた。
ガ――――――――――ンッ!!
すさまじい轟音が、けして狭くない部屋を震撼させた。
驚いた女達が悲鳴をあげる。またパニックに陥りかけたその場に、榊が声をかけた。

「すみません。でも大丈夫です。これ、ただのモデルガンですから」

――――――――――え?
目の前で火を噴いたリボルバーを見つめながら、隼人はさっきの言葉を理解できずに首をちょこんとかしげた。
念を押すように、榊が微笑んで繰り返す。

「こいつはただのモデルガン。でも良く出来てるだろ? 撮影用のだから、見た目もそっくりでね」
「だっ…って、この銃弾は?」
「火薬」
「このリボルバーは? こんなに重いんだぜっ!?」
「そういうもんだ。モデルガンってのは。ガンマニアの好みに造られているのさ」

いつまで本物だと騙せるか楽しみにしてたんだけどな、と榊はわざとらしくため息をついて、ぽんと隼人の頭に手を置いた。

「今ごろビビってんのか?」
「酔いがいっぺんに醒めた…」
「そりゃけっこう」

榊が心底嬉しそうに笑って、マドンナへと歩み寄った。

「大丈夫かい?」
「あなたって人は・・・。ひどい人ね」

涙のつたった白い頬を、男の指がそっと拭う。

「おわびにワインでもおごろうか」
「そうね。榊さん、今夜は帰さないから」

誘うように蟲惑的に微笑して、媚びるような熱っぽい眼差しを榊に絡みつかせる。
ごく自然に、女は榊の首に手をまわした。
そのしなやかで完成された四肢を眺めると、男は嬉しそうに言った。

「君の望むとおりに」

その直後、サイレンが鳴き止んで、大勢の警官が足音を響かせて入ってきた。

「外で待ってる」

榊が隼人を促して、どさくさに紛れて店から出る。

「あの女の子、良かったのか? お前 まんざらでもなさそうだったけど」

車体にその高身長の身体を寄りかからせて男がもう一人の影を茶化した。

「―――――――電話番号、教えてくれた…」
「抜け目ない奴」

煙草をくわえて、男はライターに火をともした。ぼう、と灯火が一瞬だけ暗闇を明るくする。

「榊はあの女と?」
「そ。だからお前は一人で帰れよ」
「はぁ? あのな、終電っ、終電はもうとっくに行っちゃったんですけど!! どーしろってんだよ!?」

隼人が噛み付くように言った。
今日一日振り回されて、おいてきぼりは ひどすぎる。
外道だ外道、極悪非道っ、鬼かてめぇは――――――!?

「お前が決めればいい」

黒い空間に白い煙をくゆらせて、男の影がゆらりと揺れた。

「いくつだって方法はある。それを選択する権利があって、その責任を負うのが自分なんだから、どうやるかはお前が決めればいいんだ」

いつもと違う男の様子に、隼人はゆっくりと目をみはった。
見つめた男の瞳は、彩られた光を優しく反射している。
――――――何の話だろう?
帰る話から何か別の、もっと大きなことを言われている気がする。
今一番考えてたことじゃなかったっけ?などと隼人はぼんやりと思った。

「大学に行きたきゃ行かせてやるし、働きたいなら独立させてやる。遠慮なんかしないで、自分のやりたいようにやれ。
後で何が起きても責任を負うつもりでな」

それが大人の世界か――――――。
男の言葉を聞いて、青年はじっと考えていた。
男がちゃんと自分ことを考えていてくれたこと。
自分の悩みにカッコ良く答えてくれたこと。
そして自分を一人前に扱ってくれたこと―――――――。

そこに、ハイヒールの足音が割り込んだ。

「ごめんなさい。あの刑事さん、しつこいんですもの」
「君を帰したくなかったんだろ」

女を惑わす微笑で、男は走ってきたマドンナのために助手席のドアを開けると、丁寧に一礼した。

「すてきね」
「お褒めにいただき光栄至極。じゃあな、バァイ」

嬉しそうに榊は隼人に別れを告げると、さっさと優雅な仕草で運転席に乗り込んだ。
そして、そのまま車は軽快なエンジン音を立てて、鮮やかな夜の町へと溶けてゆく。
遠くなるライトをぼんやりと眺めながら、置いていかれた青年は、これからのことを考えながら歩いて帰ろうか、などと思っていた。
借り物のダークスーツの内側で、身を隠しているリボルバーが、自分の一生の宝物になってしまうのではないか、
と心の片隅で考えながら―――――――――

 

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