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 高級住宅地。都心にも近いこの街は景色も良いと評判が評判を呼んで、地下が倍に膨れ上がり
 一般庶民には手の届かない、億ションに限りなく近いマンションとなった。
 そして金持ちが相手と言って娯楽施設、いわゆる風俗業が少し離れたところで盛んになっていった。

 その鮮やかで魅力的なネオンに目もくれず、真っ直ぐに目的地へ向かう影があった。
 重そうなショルダーバッグを背負い、買い物袋を両手で抱えている。
 学生服を着ている。
 けれど軽く着崩していて、堅苦しくはない。印象としては、知的で芯の強そうな青年だった。
 そんないかにも普通の高校生がこんな時間に買い物袋を持ってネオン街を歩いているなど、道徳的に
 ひっかかりそうなこの行為も、もはやこの街では関係なかった。

 どうしようか ――――――――。
 青年はその均整の取れた眉をひそめて考えていた。
 バイト帰りで疲れてはいるけれど、そんなことも言っていられない。
 それに帰ったら帰ったで、どうせアイツは飲んで帰ってくるだろうから飯の準備も風呂の仕度も
 俺がやんなきゃいけないんだし。それよりも。
 どうしようか ―――――――――。
 働きながら勉強だってできるけど、やっぱり大学には行きたい。
 でもアイツの世話になるのは、なるべくなら避けたい。

 「…っくしょう。なんで死んだんだよ、親父…」

 そこまで言って、うつむいていた顔を持ち上げ、青年は前を向いて歩きつづけた。

 時は3ヵ月前にさかのぼる。

 高校3年、受験街道まっしぐらの橘隼人は成績優秀で、着々と合格への道を歩んでいた。
 そして悲劇は前触れもなく彼を襲う。
 突然の交通事故 ――――。
 両親が買い物に行った帰り、相手の居眠り運転による信号無視だった。
 横からいきなり突っ込まれて車がひっくり返ったらしい。
 運転していた父親が首の骨を折って即死。
 母親はひっくり返った拍子に頭を強く打ったらしく数時間後、脳内出血で息をひきとった。
 隼人が病院に駆けつけたときには昏睡状態で、自分を見ることもなく、眠ったまま逝ってしまった。

 まだ18歳に満たない隼人には後見人が必要で、それに名乗り出たのが母親の弟、榊克巳である。
 なんでアイツだったんだ ――――――。
 苦虫を噛み潰したような顔で、隼人は心から思う。
 ざくっとドアに鍵を挿し込み、荒々しく玄関のドアを開けた。

 「女好きで女泣かせで、酒好きで、金持ちでおまけに悪役俳優だなんて最悪だぜっ!!」
 「誰が?」

 予想もしなかった返事、思いもしなかった人影に、隼人はしりもちをつきそうになった。
 が、なんとか気力で持ちこたえ、とりあえずフラフラとドアに力なくよりかかる。

 「誰の話?」

 にこやかに笑いながら、榊はおいでおいで、と手招きした。

 「なっなっなっ…っ」

 何でお前がっ、と言いたいのだが、声が出てこない。
 目玉が落ちそうなほど両目を開き、心臓を抑えて、口をパクパク動かす隼人の姿は、それは見ものであった。  
 それでこそ、わざわざドアに鍵をかけ、電気を消して待っていた甲斐があったというものだ。
 榊は満足そうに笑顔を浮かべて

 「今日は隼人の誕生日を祝ってやろうと思ってね。ほら」

 と、紅い薔薇の花束を手渡した。しかも、咲きかけの蕾ばかりである。

 「やっぱりプレゼントって言ったら真っ赤な薔薇の花束だろ? ―――――― どうした?
 感動のあまり声も出ないか?」

 確かに、相手が女ならば喜んだだろう。しかし、隼人はれっきとした男である。
 ダークスーツに身を包んだ野郎に、真っ赤な薔薇だけの花束を手渡され、もはや隼人は言葉を失っていた。

 「さ、榊おじさん…?」
 「あ。罰金500円」

 ひくつきながらも、ようやく冷静を取り戻し、名前を呼んだとたん、榊の低いテナーに遮られた。

 「こんな二枚目つかまえといて、よくそんな失礼なこと言えるな。隼人」

 ん? と凄みをきかせて、あの凍てつく微笑をすると隼人に罰金を催促した。
 隼人がしぶしぶ財布から五百円玉を取り出し、指ではじく。
 タイミング良く、榊の大きな掌がキャッチした。
 いいコンビである。

 「榊で構わないと言っただろ?」

 イタズラっぽく笑うと、榊はまだ玄関にいる隼人を室内に引き込んだ。

 「ほら、出かけるから着替えろ。…何? お前18になったんだからスーツの一着ぐらい持っとけよな…。
 仕方ない、俺の貸してやるから」

 高そうなダークスーツをクローゼットから取り出すと、無造作に投げ渡し、榊はサスペンダーを取りに、
 どこかへ消えてしまった。

 「なんだありゃ…どーゆーこった…」

 

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