白夜

 

 高身長の、すべて黒づくめの男がひっそりと立っていた。
 闇に溶け込んだ漆黒の眸。
 整った、美しい顔立ち。冷たい凍てつくような表情をしている。
 ふと、男が冷笑を口許に宿して、組んでいた腕をほどき、皮手袋に包まれた指を広げた。
 その掌の中に、光の玉が出現する。
 禍々しく輝くその光に、男はもう一度笑うと、玉は掌から滑り落ちて、ぐにゃりと変形した。
 みるみる魔性の怪物へと変わって、その男に跪く。

 「行け。美味そうな獲物を狩ってくるのだ」

 黒づくめの男が低く、よく通る声で言うと、目の前の怪物はうなずき、すっと姿を消した。
 また独りになると、男は闇の中からワイングラスを手にとり、優雅な仕草でそれを飲み干した。
 その微笑を消さないままで ――――――。

 「はい、カット」

 OKでーす、と元気な声がスタジオの奥から聴こえてきた。

 「いやー名演技、名演技。いつもかっこいいねー榊君は。雰囲気出てたよ」
 「仕事ですからね。それに俺、正義の味方より悪役の方が好きだから」
 「うん。美形な悪の総大将、イメージぴったり」
 「サン、キュウ」

 これまた真っ黒なマントを肩から外しながら、榊克巳は人なつこい笑みを監督に返した。
 数刻前とは全く逆の、優しい笑顔である。

 「あれ?榊君帰っちゃうの?飲んで…っと、デートか?」

 お疲れの声と一緒に帰り支度をしている榊を見て、小道具係が声をかけた。
 この人って女性関係もずば抜けてるから ――――――。
 内心ため息をつく。けれど納得も出来てしまうのだ。
 女を惑わす甘いマスク。身をゆだねたくなる低い声。
 男であっても見惚れてしまうぐらい、榊はいい男だった。30歳の美形男優。
 子供向けの特撮モノ専属悪役からハードボイルドまでこなす、実力派のナイスガイだ。

 「いや、今日は可愛い甥と過ごすの。ごめんね、てっちゃん」

 片手で小道具係に詫びると、そのまま榊はそっと耳打ちした。
 すると、てっちゃんこと小道具係が『かなわないよなぁ』という顔をして、奥から箱を持ってきた。

 「言っとくけど、榊君だけだからね。ホントに頼むよ。俺のクビかかってんだから」

 大げさに首を伸ばして舌を出し、自分の手で首を切るマネをする。
 コイツってばかわいいよなぁ ――――――――。
 目の前の小道具係に、といっても榊より10は年上の男に心からそんなことを思い、榊は苦笑した。 

 「ありがと、てっちゃん。また何かあったらそん時もよろしく」
 「あのねぇっっ」

 はあ、とため息をつくてっちゃんに榊は敬礼を投げて、スタジオを後にした。
 演出はやっぱりコレじゃなきゃ ――――――――。
 渡された箱をコトコトと揺さぶって、男はニンマリと笑った。

 

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