【【回帰断絶】】
繰り返される毎日の中で失っていったものは何だったのだろう。 過去を振り返るのさえ億劫で、男の意識はただ闇をさまようばかり。 ここでは時間は繰り返すのみ。 けれどそれすらも、どうでもいいと男は思う。 無関心はいつしか彼の心を覆う鉄の壁となり、その結果として男の整った顔を凍らせた。 確実に流砂のごとく流れてゆく時間の渦に様々なものを奪われて、男はまだ ここにいる。 ■ 深夜。深遠な眠りを突然の痛みで叩き起こされた。 月夜の散策を好む彼の足取りに危ういものは何もない。 「アンジェリーク…」 彼女の自室からかなり離れている森の中で、なぜか栗色の髪をした女王候補が、じっと樹の根元にしゃがみこんでいた。 「クラヴィスさま…?」 栗色の髪がさらさらとこぼれて、大きな瞳があらわになる。 彼女が泣いていると思っていたクラヴィスは、それがはずれていたことに少し驚く。 「…何をしている……」 それは興味ではなく確認だった。 「…悲鳴が聞こえたんです。胸が張り裂けるかと思った…痛くて、苦しくて……いてもたってもいられなくて、走ってここまできたら… 落ち着いた、感情を抑えた声でそこまで言うと アンジェリークは両手の中にあるものをクラヴィスに見せた。 「天に召されるところだったんです…」 おそらく巣から落ちたのだろう。 「…だから私は、最後まで見守ってあげようと思って……」 闇に浮かび上がる彼女の白い指が、そっと ひな鳥を撫でた。 「お前の力か…」 クラヴィスの言葉にかぶりを振って、アンジェリークは否定した。 「痛みをやわらげることは出来ても、消せないんです。…私ができるのは そこまでなんです。…このこを楽にしてあげられない…」 貸してみろ、と彼女の両手を自分の前に出させると、彼自身ひざをついて ゆっくりとした動きで震えるひな鳥を撫でた。 「…もう、眠るがいい…」 とても優しい声だった。 「あ」 アンジェリークが驚きの声をあげた。 「クラヴィスさま…」 何が、とは言わない。 「はい。…あの、ありがとうございます」 勢いよく立ち上がると、彼女は深々とお辞儀した。 「…別に。 礼を言われることはしていない。 お前を真似ただけだ…」 膝の土をはらって、クラヴィスも立ち上がると、薄水色の瞳と まともにぶつかった。 「いいえ。クラヴィスさまだから、このこを救ってあげられたんです。 夜の闇の中でも、彼女の笑顔は はっきりとクラヴィスの目に映った。 |
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