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  「え…アンジェリーク、分かるの…?」

私は自分で訊いたくせに、アンジェリークのセリフにかなり動揺した。
それは、つまり私がオリヴィエに見えないってことで…。
やっぱり他人が見たって分かるんじゃないか。ルヴァの嘘つきー!
なんて麻痺した頭でグルグルとそんなことを思ってた。

「はい。んっと…オリヴィエさま、ちょっとこっちへ」

そう言って、アンジェリークは私の手を取った。
触れた左の掌が じん、と軽い痛みをともなった熱になって全身に伝わってゆく。
まったく…初めて女の子に触れた思春期の少年じゃないんだから……。
こんなのは、私らしくない。
アンジェリークと一緒にいると、私はまるで私じゃなくなってしまう。
心に浮かぶ感情そのものが新鮮で、温かいのに切なくなる。
―――― 恋愛って、もっと楽しいものじゃなかっけ?
そんなことさえ、分からなくなってしまう。

「ほら、オリヴィエさま!よぉく見てください!!」
「…?」

アンジェリークが引っ張っていったのは、大きな鏡の前だった。私の執務室にあるピカピカに磨かれた姿見。
もちろん、全身が映る大きさにしてある。
その前にイスを一脚もってきて、そこに私を座らせた。

「アンジェ…? これが一体どうしたって…」
「オリヴィエさま、笑って!」
「へ?」
「笑ってください。いつもみたいに」

よく分からないけど、私は言われたとおり、鏡に映った自分に向かって笑って見せた。

「…こう?」
「…目が笑ってないですよ、オリヴィエさま。……笑い方、忘れちゃいましたか?」

アンジェリークは、私の両肩に手を置いて、心配そうな顔で虚像の私にそう言った。
―――― 笑い方を、忘れる…?
その言葉は、なぜか刺のように心に突き刺さった。

「うーん……じゃ、力ずくで。 オリヴィエさま、ちょっと失礼しますねっ」
「ちょ…ちょっとアンジェリー…っ、くすぐった…わひゃひゃひゃ…だめっ、…アンジェやめっ……ひゃっひゃひゃっひゃ…助けてぇ〜…っ」
「ふふっ」

しばらく私のわき腹をくすぐったあと、ようやくアンジェリークは私を解放した。

「はぁ、はぁ、はぁ……笑いすぎて…死ぬかと思った……」
「ちょっとやりすぎちゃいましたか? ごめんなさい、オリヴィエさま」
「まったく、一体どーゆーつもりなワケ? ちゃんと説明しないと、今度は私からお返しするかんね!」

そう言ったのに、アンジェリークは嬉しそうに笑っている。

「何、笑ってんの…」

その笑顔につられて、私の顔もゆるくなる。

「だって、オリヴィエさま…ほら」

そういって、虚像の私を指差した。

「ね? いつものオリヴィエさまに戻ってる」
「え…?」

視線を私の顔に戻すと、確かにそこには見覚えのある顔が…。
まだちょっとぎこちないけど、今朝の知らない顔なんかじゃなくて、ちゃんと「私」の顔が写ってた。

「最近、ちょっとご様子が変でしたよね。ずっと違和感があって、なんでだろうって考えてたんです。
そしたら、オリヴィエさまが心底笑ってらっしゃるところ見てないのに気がついて、『あ。これだ』って」
「…そうだったかな?」
「はい。それに少し面やつれなさいませんでした? あまりご無理なさらないでくださいね。ちゃんと休んでください…ってごめんなさい。
私ったら生意気な口きいちゃって」
「何言ってるの。嬉しいよ、ホントに…」

アンジェリークはいつも私を見ててくれたんだ。
その事実が何だかとっても嬉しかった。

「ね。優しいアンジェ。お礼に今度の日の曜日に私の家においでよ。あんたにとびっきり似合うドレスを私がデザインしてあ・げ・る☆」
「はいっ! 楽しみにしてますね! あ、でもきちんと休んでください。じゃないと私、心配で…」
「だーいじょーぶ☆ もう平気だよ。ありがとね」
「そんな…それじゃ私はこれで。お大事にしてくださいね」
「うん。またね。アンジェリーク」

勢い良く頭を下げると、アンジェリークはスカートの裾をひるがえして部屋を出て行った。
元気のいい足音が遠ざかってゆく。
その音を聞きながら、私はもう一度鏡を見た。写ってるのはもう私の顔。
だから私はニッと笑った。

「お帰り、キレイなあ・た・し。やーっぱりあんたの顔じゃないと私は落ち着かないよー。もう消えたりしないでよね☆」

安心のため息をついたとき、遠慮がちにノックがした。

「あのー、オリヴィエ? まだ、帰ってませんよね? ちょっといいですか?」

そのまま凶器になりそうな分厚い本を抱えたルヴァだった。

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