「私はそんなにも、か弱そうに見えるのでしょうか・・・」 水の守護聖リュミエールは、男性さえもよろめきそうな美しい顔を切なげにゆがめて己の手を見つめた。
細くて長い指。男性にしては少し華奢な手首。
確かに怪力の持ち主のようには見えそうにない。
「・・・線が細いのは生まれつきですからどうにもなりませんが・・・」
リュミエールは、視線を落としてため息を一つついた。
自分のこの手は嫌いではない。
この指先がハープの糸を爪弾く度に、それは美しい音色を奏でたし、他の楽器もまた然りであった。
音楽だけでなく、趣味と言える絵画であっても、繊細な動きや大らかさを表現するのはいつもこの自分の細い手である。
リュミエールはむしろ、自分の手を好きでさえあった。
だが、今回は少しリュミエールにも気になることがあるようである。
それは人に与える印象であった。
よく不敵な顔で笑う炎の守護聖は自分の容姿について軽口を叩いているが、確かに彼は軍人ということもあり、立派な体つきをしている。力もある。
あまり感心しないが、大きな剣を自在に操るのだからそれなりの鍛錬をしているのだろう。
「・・・これで何度目だったでしょうか・・・」
つい先日、庭園で商人に「女性のように美しい」という評価をいただいたリュミエールである。
更にさかのぼれば、王立研究院の主任に初めて挨拶をした時など実際に間違われた。
堅物そうな主任が更に顔面を硬直させていたのは記憶に新しい。
今に始まったことではないが、多少なりともリュミエールが傷ついていたのは事実だ。
そしてついに、女王候補からまで気遣われてしまったのが彼に追い討ちをかけた。
偶然庭園でコレットと出会ったので、そのままお茶に誘ったところ、彼女は二つ返事で快諾した。
喜びを隠し切れずに微笑みを漏らしながらエスコートしようとすると、控えめに彼女は言ったのだ。
「あの、リュミエール様、そのお荷物 私が持ちます」
「ありがとう、アンジェリーク。でもこれは貴女には重過ぎるでしょうから私が持ちますよ」
「じゃあ半分だけでも持たせてください。リュミエール様のお役に立ちたいんです」
その細やかな心遣いや一生懸命な姿は心を打つものがあったのだが、それはまた話が違うのである。
問題の所在は、彼女に気を使わせてしまうほど自分が非力に見えてしまうことだ。
あの細腕のか弱いコレットにまで心配されるほどに。
――――ショックだった。
だからリュミエールは先ほどから苦悩しているのである。
かといって今から体力作りをする気にもなれないし、そもそも人知れず体力作りをしたところで、もともと線が細いのだから効果もたかが知れている。
それに本当に非力なわけではないのだから、要は彼女の誤解さえ解けばよいはずなのだ。
だがそんな方法など皆目検討もつかずに彼は先ほどから途方にくれているのである。
***
良案は思い浮かばないまま数日が過ぎたある日。
コレットが焼き菓子をもってリュミエールの執務室を訪れた。
愛しい彼女の来訪を喜ばないはずがない。
リュミエールは以前コレットが好きだといったハーブティーを淹れて歓迎した。
そしてコレットに頼まれるままにハープを弾き、うららかな午後をゆっくりと過ごす。
幸せな時間だった。
穏やかな午後の陽光が頬にあたり、ハーブティーのかぐわしい香りが部屋を満たし、想い人はすこやかな寝息をたてて…。
「アンジェリーク…?」
はっと気が付くと、曲を頼んだ本人は気持ちよさそうに寝入ってしまっていた。
自分のハープの音が、彼女を安心させたのかもしれない。
リュミエールは嬉しいことだと思ったが、次の瞬間にはそうも言っていられないことに気づいた。
彼女の姿勢である。
低い背もたれにも寄りかからず、背筋を伸ばしながら舟をこいでいる。
ときどき大きく揺れて、かくん、と反動をつけたかと思うと反対側に振り子のように戻るのだ。
危なっかしくてしょうがない。
「仕方がありません、よね…?」
自信なく呟いて、リュミエールはハープを傍らに置くと、足音を忍ばせてコレットへ歩み寄った。
穏やかな寝息と共に、彼女の栗色の髪からえも言われぬ芳香がする。
花の匂いのような、優しい香り。
リュミエールはくらくらしながらも、そっとコレットを横抱きにして抱き上げた。
なるべく振動を抑えて、彼女を起こさないように気をつける。
そしてそのまま彼女を来客用のソファーに運ぼうと思った。
がやはり違和感を覚えた眠り姫は、リュミエールの腕の中で目覚めてしまった。
お互いに絶句して見詰め合うこと数秒間。
「え?ええっ?リュミエール様、どうして!?あれ、やだ、私…っ」
「…どうか落ち着いてください。アンジェリーク」
みるみる顔を真っ赤にするアンジェリークを見て、逆に冷静になるリュミエールである。
堂々とした態度で彼女を目的地まで運ぶと、壊れ物を扱う丁寧さで彼女をソファーに座らせた。
「お疲れのようでしたからそのまま眠らせてあげたかったのですが、あのまま椅子から倒れてしまいそうでしたので…」
「すみません、リュミエール様のお手を煩わせて…! 私ったら…本当にすみませんっ」
「どうか、そのように謝らないで下さい、アンジェリーク」
私としては役得だったんですから、とも言えず リュミエールはやんわりと苦笑する。
ここで『かわいい寝顔でしたね』とでも言おうものなら、某赤い髪の男と同類になることを、リュミエールはよくわきまえていた。
「重かったでしょう…?」
もはやリュミエールの顔をまともに見られないアンジェリークは、蚊の鳴くような声である。
「いいえ。ちっとも。軽すぎて不安になったほどですよ」
その返事に、さすがにコレットも顔を上げてリュミエールの顔をまじまじと見つめる。
「リュミエール様って…」
「ええ。なんでしょう?」
「実は力持ちさんなんですね」
リュミエール、快心の笑顔である。
「ええ。二人だけの内緒ですよ?」
END
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